ホームに
戻る
宮田太郎ウォーク 2004年5月〜2019年3月(174 回)
連番 年月日 講師 テーマ名 コース 概要
1 2019/3/23 宮田太郎 源氏の伝承地 町田の関山と鎌倉道を探る 小田急線「玉川学園駅」(9:45集合)〜玉川学園正門前〜なかよし公園〜木倉八幡神社〜自由昼食(11:15〜12:15)〜大坂〜七面社横〜石仏群〜神蔵代官屋敷跡〜伝・青木屋敷跡〜東京初の鎌倉街道伝承地の試掘地点跡〜源頼義家臣・青木某の関門跡伝説の関山〜大蔵バス停〜鶴川駅 約6キロ   東京の町田市域には源氏の活動を伝える場所が複数ありました。中でも鶴川団地一帯は、かつて「武蔵大蔵の戦い」で知られる木曽義仲の父・源義賢(よしかた)と、源頼朝の兄・義平の内乱伝説地が点在していました。興味深いことには「源平盛衰記」には戦いの場所である大蔵は「相模大蔵の口」であったことを示す記述があり、不変の定説となっている埼玉県の菅谷ではなく、より鎌倉に近い多摩丘陵であったというロマンもあります。源頼義の通過伝承や、家臣の青木氏が関門を設けたという伝承がある関山、非公式ながら東京で初めて鎌倉道が発掘された金井地区を巡ります。
2 2019/2/28 宮田太郎 多摩丘陵の古代街道“奥州古道”と愛宕山の謎
雨のため、半日ウォークに変更
多摩センター駅小田急側改札口前(10:00集合)〜パルテノン多摩・企画コーナー「瓜生・貝取と谷戸のくらし」〜陣鐘堂山(じんがんどうやま)(中央公園)〜旧富澤家〜青木山東福寺〜落合白山神社〜鶴ケ峰公園〜ピューロランド前の奥州古道〜ピューロランド裏(12:25解散)〜多摩センター駅  箱根や足柄の峠を越えた古代の道は、関東平野に下ってくると多摩丘陵を越えて、江戸城が後にできることになる紅葉山の丘を目標に進んで東北に向かっていました。多摩丘陵では、唐木田や多摩センター付近を3本の奥州古道(変遷路を含む)が通過していたようです。今回は愛宕団地の由来でもある「愛宕山」に秘められた古代街道の通信連絡の拠点としての「烽火台や中世の狼煙台」ロマンを古道と合わせて探っていきたいと思います。
3 2019/1/27 宮田太郎 日帰り探索ウォーク大展望!八王子南大沢の縄文交流“古代甲州道”&内裏(だいり)峠を歩く 京王相模原線「多摩境駅」改札口前(10:00集合)〜札次神社〜田端環状積石遺構〜小山白山公園〜尾根緑道〜都立小山内裏公園〜鮎街道〜南大沢駅(12:45〜13:45自由昼食)〜赤石公園〜内裏峠と古道〜草地広場〜尾根緑道と旧戦車道路〜東展望広場〜「多摩境駅」(15:50解散)約5キロ  町田市の尾根緑道や旧戦車道路は、展望が素晴らしい尾根にあり、多摩よこやまの道と接続して約20キロMの遊歩道となっています。かつて縄文時代の一大遺跡群が発見された多摩ニュータウンの八王子南大沢・堀ノ内地域には大栗川水系にゆかりある文化圏と、「内裏峠(だいりとうげ)」を越える古街道が存在していました。古代以来、甲州盆地や長野県の八ヶ岳南麓の富士見町との縁(えにし)の深さを尾根を歩きながら探索していきます。
4 2018/12/22 宮田太郎 日帰り探索ウォーク‐多摩丘陵を乗り越えた古街道群A奈良の都へと続いた“防人の道・古代東海道”ウォーク  〜古代からタイムスリップ!防人と一緒に歩こう!〜 京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」西口改札前広場(9:30集合)〜九頭龍神社 〜大栗橋の石塔とビルの谷間の鎌倉古道〜古代東海道の大坂と向ノ岡の対鴎荘跡(防人登場)〜大坂〜春日神社〜連光寺高西寺〜志学サロン(昼食)〜古代東海道解説板と石仏群〜打越山遺跡(推定・古代東海道)跡地〜崖の推定地〜大谷戸公園〜聖ヶ丘の古代東海道推定ルート〜聖が丘遊歩道〜ひじり館〜大曲坂推定地〜多摩東公園(14:35解散)〜京王永山駅 奈良時代に関東から都に向かった防人(さきもり)たちのことをもっと知ろう!一緒に歩いてみよう!――ということで、来年5月に計画中の「万葉時代・古代東海道“防人の道”」に先駆けて、今年最後のミニイベント・ウォークを開催します。実際に当時の防人が一人、この現代に迷い込んだようにやってきます。この機会に、ぜひお孫さん、ご家族皆さまで防人と共に奈良時代の古代東海道の推定ルートを歩いてみましょう。
5 2018/11/23 宮田太郎 御尊櫃御成道と小野路宿&木曽宿の一里塚 〜徳川家康の日光改葬千人行列の道を探る〜 「小野神社の境内」(10:00集合)〜円能寺跡〜千人行列が滞留した向坂〜小野路一里塚と御成道解説板〜野津田公園陸上競技場付近(昼食)〜岩の円福寺(半沢覚円坊の刻字石)〜鶴見川・宮川橋〜不動坂〜図師地名発祥の家〜鎌田坂〜 忠生公園(一時解散)〜秋葉神社〜福昌寺〜木曽覚円坊〜木曽一里塚〜町田街道木曽バス停(16:20解散)〜町田バスセンター 古街道団では、現在、多摩市公園課のアダプト制度を活用して一本杉公園内の「推定・御尊櫃御成道」を整備中です。このルートを、今回は小野路宿から南へ木曽宿まで追跡していきます。江戸時代初めの古文書にも記されたこの街道整備の様子を現地で感じ、実際の徳川家康時代の知られざるルートを検証していきましょう。二つの現存する一里塚が目印です。
6 2018/10/16 宮田太郎 多摩丘陵を乗り越えた古街道遺跡群@〜武田信玄の大軍勢が通った御殿峠古道〜 JR横浜線「片倉駅」北口改札前広場(9:30集合)〜 絹の道と御殿峠古道の分岐点〜御殿峠古道〜最古の鎌倉道〜八王子みなみ野駅前にて昼食〜御殿峠の旧小田原道〜御殿峠古道〜JR横浜線「相原駅」(解散15:20)  約5キロ  関東平野の西側を南北に通る大幹線道路「御殿峠古道」=別名:小田原道、日光道、川越街道。国道16号の原型ともいえるこれらの古街道は、戦国時代に武田信玄の大軍勢が小田原城攻めで進軍したルートだったことが複数の軍記物の記述からもわかります。峠の一帯は平安時代の国内最大級の面積ともいわれる「南多摩古窯址群」の中心地。付近から出土した須恵質の大型の甕や精巧な椀などの土器類は、八王子郷土資料館にも展示されています。一帯は、約1.3キロMに渡って奇跡的に古道跡が遺り、1988年頃から宮田(団長)が記録してきた相原氏(伝・相原孝遠)や按察使大納言(伝)の館跡地、また中世の無名の山城?砦跡?遺構も確認されます。
7 2018/6/2 宮田太郎 鎌倉街道早ノ道・二つの推定路(尾根古道)をあるく 京王相模原線「若葉台駅」改札口前に10:00集合〜トンビ山古道(県境の早ノ道〜黒川営農圃場〜新選組の道〜若葉台駅(各自由昼食)〜鎌倉街道早ノ道〜汁守神社〜黒川分教場(青少年センター)〜分水界の早ノ道〜栗木の早ノ道〜上杉館跡伝説地〜推定・菜守神社(栗木御嶽神社=旧・大麻止乃豆乃天神社)〜小田急多摩線「栗平駅」。約6キロM。 ルート上には源頼朝伝説の腰掛松伝承(多摩市打越山)もあった、鎌倉にいち早く到達するための高速鎌倉道とも呼ぶべき道が「早ノ道」です。小田急線の鶴川駅南側の岡上(川崎市麻生区)や北部の能ヶ谷地区(町田市)にもこの道の伝説があり、これらはみな繋がっていたと考えられます。今回は、宮田団長が推定する二つの路線を訪ねて、川崎市麻生区と稲城市平尾の境界尾根や栗平の尾根の双方を歩きます。
8 2018/5/13 宮田太郎 “徳川家康・日光への御成道”と小野路の“鎌倉古道”の地下遺跡』(3/20中止分再実施) 「多摩センター駅」小田急線側の改札口前付近に 10:00 集合〜路線バスで豊ヶ丘4丁目 下車〜バス停脇のセブンイレブン〜鎌倉古道の入り口と家康の道推定部分(ツツジの植え込み)〜鎌倉古道の本線と支線遺構〜鎌倉古道「崖の断面遺跡」〜一本杉公園古民家前の池付近(各自 弁当昼食)〜家康の日光改葬の御成道跡保全整備(古街道団による)箇所見学〜新選組土方歳三の道〜赤坂(狐に化かされた民話の坂)〜小野路道(新選組の道)〜八王子道〜南野の奥州古道(中尾道)〜南野バス停(解散14:55)〜多摩センター駅。 約6キロ。  当団が保全整備を開始している多摩市一本杉公園内の「徳川家康の日光改葬の道(御尊櫃御成道)」の現地と、前後のルートを探るシリーズの第一回目は一本杉公園内を中心に、この街道の前後に続く道の部分を巡ります。合わせて隣接する推定・鎌倉古道(上道・本路)の本物の地下構造も、せっかく草が少なく歩き易いこの時期に、一人でも多くの会員、愛好者・研究者、初めてご参加の皆様に、ぜひ見て頂きたいと考え計画しました。この際、崖面の崩落土を出来る限り事前に取り除き、下層までよく見えるように準備しておきたいと思います。日本一の踏み跡(硬化層)の厚さを誇る、極めて珍しい古街道遺跡のディープな部分を探索していきましょう。
9 2018/4/22 宮田太郎 小山田の落葉街道・代官坂の”武相観音巡礼道”をあるく 小田急多摩線「唐木田駅」(10:00 集合)〜唐木田稲荷神社〜棚原城址伝説地(大妻女子大となり)〜 切通し跡と武蔵野展望地〜平山城址からの鎌倉道〜語り部の丘〜子豚池跡と奥州古道の痕 跡(人馬の踏み跡層)〜小山田氏的場の碑と馬場跡〜小山田緑地大久保分園(各自弁当昼食)WC〜トンボ池〜馬駆け馬場跡〜代官坂(武相観音巡礼道)〜巡礼地蔵〜嘉永の石塔 〜奥州古道常盤道(大妻女子大裏道)〜唐木田駅(解散 16:00) 約5キロ  「古街道が集まる奇跡の丘」として知られる多摩丘陵の唐木田・小山田地区に残る奥州古道の痕跡や、江戸時代中期の宝暦年間に始まった武相観音巡礼道の痕跡を辿って歩きます。唐木田駅から出発して唐木田駅へ戻ってくるコースには、今でも古道跡が残る草原や、平安時代末から鎌倉時代初期の小山田氏の馬牧の伝説地が広がっています。これまでほとんど紹介されることが無かった武相観音巡礼道(代官坂)は、八王子の大久保長安屋敷跡から野猿峠を越えて続く相州隠し道であるというロマンも探っていきます。
10 2018/3/20 宮田太郎 “徳川家康・日光への御成道”と小野路の“鎌倉古道”の地下遺跡』 雨天中止   5/13再実地                               
11 2018/2/3 宮田太郎 横浜元町と山手の丘・文明開化の遺蹟をあるく JR根岸線「石川町駅」元町口改札前に午前10時集合〜山手イタリア山庭園(外交官の家・ブラフ18番館)〜大丸谷坂・震災と空襲を乗り越えたブラフ(石垣)・大丸谷震災地蔵尊〜元町・厳島神社〜元町百段〜大正活映撮影所跡〜ウチキパン屋前〜増徳院跡〜昼食(11:40〜13:00)〜代官坂と名主石川家〜ダンス社交場クリフサイド〜日本バプテスト発祥の地〜ジェラールの水屋敷とレンガ&瓦工場跡〜生麦事件の外国人墓〜港の見える丘公園〜フランス山〜愛の母子像〜イギリス館とバラ園〜ケーテ座跡〜外国人墓地〜山手のブラフ積み〜外国人アパート(山手234番館)〜エリスマン邸〜山手80番館遺跡〜元町商店街 解散(16:05) 約 5キロ。 幕末〜明治時代初期の大きな文化変革の遺蹟が遺る横浜元町と山手の丘。関東大震災や太平洋戦争の空襲で、かつての日本人街も外国人居留区も姿を大きく変えました。しかし、当時の繁栄ぶりを物語る片鱗は今も各所に見ることが出来ます。イギリス艦隊がインド洋遠征に積み込んだ美味しい水が湧く谷と、そこに造られた外国人の水工場跡&洋風瓦の工場跡。また我が国で初めてのクリーニング業跡、ボーリング場跡、映画撮影会社跡、軍楽隊が練り歩いたフランス山やイギリス山。展望の良いイタリア山。そして元町商店街通りの突き当りは、かつては寺の跡だった事実などを探索していきます。
12 2017/11/25 宮田太郎 “境川に沿う鎌倉古道と滝山道”の謎を探る‐その1〜長後編〜 小田急江ノ島線「長後駅」(10:00 集合)〜仙元塚〜長後豊川稲荷〜長後天満宮(渋谷氏館跡伝説地)〜稲荷大明神〜国道467号線沿いのセブンイレブン(昼食11:40〜12:45)(宗昌寺・五輪塔)〜藤沢市上高倉諏訪神社〜境川橋〜飯田神社〜神明社〜横浜市松風学園前〜無量寺〜長後街道高鎌橋〜大山街道〜三柱神社〜滝前不動尊(泉小次郎伝承地)〜相鉄いずみ線「いずみ中央駅」(解散15:50) 約5キロ 多摩丘陵と関東山地の高尾山付近が接する相原・城山地域から、相模湾の「江ノ島」の脇まで52キロメートルの長さで流れる「境川」は、古代〜中世の人々にとっては、長い間の海へ向かうための目印となってきました。この川の一部(相原〜南町田)は武蔵国と相模国の国境にもなり、東京都と神奈川県の境界ともなっていますが、「鎌倉街道」の中の「山ノ道」もまたこの川に沿って藤沢市域まで続いていたことが知られています。しかし、もう一つ、戦国時代の重要な軍事用街道「滝山道」が境川右岸(西岸)にあったことは、ほとんど世に知られていません。八王子の「滝山城」と、鎌倉市の「玉縄城」を結んだ小田原北条氏の軍事街道「滝山道」は、戦国時代の北条早雲に始まり、近世の家康側近・本多正信が玉縄城に入るまで、永い間使われた騎馬軍団も通った軍事戦略道と考えられます。JR横浜線の淵野辺駅付近〜相模大野駅付近〜小田急江ノ島線の大和駅〜長後駅(藤沢市)までを何回かに分けて探索しましょう。第1回は長後付近です。
13 2017/10/31 宮田太郎 ”鎌倉大城郭”を探る〜北鎌倉の軍事的馬場・陣城「台」と梶原の砦跡 JR横須賀線「北鎌倉駅」改札口前 10:00 集合〜円覚寺入口〜鎌倉街道跡〜光照寺・くるす門〜謎の軍事的馬場と陣城 「台」〜神明神社〜山崎小学校〜魯山人遺跡(臥竜峡、星岡窯跡地)〜推定鎌倉城の尾根遺構〜鎌倉中央公園 (獅子岩、大穴、昼食)〜中央公園内の鎌倉城遺構(推定)〜梶原口〜山の上ロータリー〜深沢中学校・寺分大工谷〜御霊神社〜梶原氏の墓〜深沢小学校〜湘南モノレール「湘南深沢駅」〜「大船駅」 約5キロ  解散は 16:00  中世の一大軍事施設だった?!鎌倉。その全体像を探るには外郭部を探索しなければ実相は見えてこないと考えられます。かつて洲崎口とも言われた大船は、中世東海道の藤沢から柏尾川に沿って最も敵が侵入し易い地域でした。15年ほど前に確認した鎌倉中央公園付近の曲輪群や土器片集中地域、大穴と目印になる獅子岩など、シリーズで開催した「鎌倉城」について、さらに掘り下げて実地踏査していきます。今回は北鎌倉の謎の陣城「台」から梶原氏の拠点、武蔵大路口への探索です。
14 2017/10/9 宮田太郎フットパス 1DAYイベント「こまがね歴史フットパス・ジャンボリー」    
15 2017/6/24 宮田太郎 縄文ロード“鉢巻き土偶の道”の謎を歩く〜町田市忠生遺跡編〜  小田急線「町田駅」=町田バスセンターから路線バスで忠生公園前バス停下車〜忠生地区の遺跡群(彫刻付大型石棒や鉢巻き土偶ほか出土地)〜町田街道付近の飲食店で自由昼食〜奥州廃道〜町田市考古資料室(見学)〜尾根緑道〜町田街道の中村不動付近ほかバス停(町田駅、多摩境駅、淵野辺駅方面へ)。約5キロM。  現在当団が追跡中の「縄文ロード」の沿線の複数の遺跡から、共通する出土物も発見されています。鉢巻きの様なものを頭部に巻いた土偶もその一つ。川崎市麻生区「黒川遺跡」、町田市「忠生遺跡」、相模原市「川尻中村遺跡」、山梨県笛吹市の「桂野遺跡」のいずれからも出土していますが、これらの地点を線で結ぶと正に直線になり、武蔵に面した稲城市や川崎市麻生区付近から、多摩よこやまの道を経て、町田市西部〜甲州盆地へと道が続いていたかのようです。また、北海道函館の著保内遺跡出土の中空土偶と極めて似た形象の土偶も町田市の「田端環状積石遺構」から出土しており、町田〜北海道という長距離の文化交流の道があったとすれば、その中間地域からも「鉢巻き土偶」が今後発見される可能性も充分ありそうです。縄文遺跡地帯である町田市の忠生や木曽町はちょうど「境川水系=相模湾水系」と「鶴見川水系=東京湾水系」の中間に位置します。この鉢巻き土偶が教えてくれるものは何かを考えつつ、現地を探っていきたいと思います。
16 2017/5/27 宮田太郎 大縄文街道“多摩よこやまの道延長ライン”の謎C相模川を渡る大縄文街道“津久井宝ケ峯”と遺跡 JR横浜線橋本ミウィ前(9:40集合)〜路線バスで津久井湖観光センター前バス停下車〜小網諏訪神社〜根古屋諏訪神社〜津久井湖城山公園(昼食12:10〜13:00)〜陣屋跡〜牢屋の沢〜御屋敷跡〜小倉道〜功雲寺〜雲居寺〜中野神社(神社前で解散16:15)〜日赤病院前バス停〜路線バスでJR橋本駅(17:00)  相模川を渡る縄文人たちの目印(ランドマーク)が津久井宝ヶ峰(津久井城址)だった?!――相模野・多摩丘陵・武蔵野を合わせた「多摩縄文文化圏(仮称)』の縄文人たちが、津久井城手前の相模川付近で、山岳地帯の「諏訪八ヶ岳文化圏」の縄文人たちと出会い、黒曜石やヒスイを受け取り、海の産物(干魚や煮貝、海藻、塩など)を渡し交換していたのでしょうか。最近になって、圏央道建設に伴う発掘調査などで、いよいよこの津久井城エリアから重要な縄文遺跡が次々に発見され注目されています。城址の東側の串川と相模川合流付近で発見された小保戸遺跡では、日本最古の可能性もある2万3千年前の旧石器時代の環状の礫群や炉が発見され、国内最古級の住宅であった可能性も指摘されています。付近の大保戸遺跡や馬込遺跡、小倉原西遺跡一帯は旧石器・縄文・弥生・古墳・奈良平安・中世も含めた複合遺跡であり、これから考古学の大注目エリアになっていくことでしょう。この一帯を「縄文ロード」のベースキャンプ的な交流市場と捉え、何回かに分けて探索していきます。今回は、川尻遺跡や津久井城址東の串川沿い地帯の探索に先行して、相模川渡河の目標の山となったであろう「津久井宝ヶ峰(津久井城城址)」の根小屋周辺の古代遺跡と景観を探索します。
17 2017/4/22 宮田太郎 大縄文街道“多摩よこやまの道延長ライン”の謎B『境川源流“大戸観音から草戸山”の古街道』 JR横浜線相原駅改札口前(9:45集合)〜路線バスで公民館前バス停下車〜秦良観音堂〜八雲神社〜八木重吉生家跡・八木重吉記念館・お墓〜鎌倉街道秩父山ノ道〜大戸観音堂〜熊野神社〜浅間神社と謎の鎌倉街道 防塁の跡〜都立大戸緑地(昼食12:10〜13:00)〜高良山 若宮八幡宮〜大地沢青少年センター〜境川源流〜青少年センター入口バス停(15:10)〜相原バス停(15:32)〜JR相原駅。  春から再開する大縄文街道は、いよいよ山里に入っていきます。高麗系渡来人の遺跡?が眠る大戸から草戸山、タツゴ山へと、始めて関東山地に入っていきます。多摩丘陵から関東山地へと切り替わる境目ならではの神秘的な古街道コースです。距離はそれほどハードではありませんが、アップダウンが連続しますので、各個人で無理の無い範囲でのご参加をお勧めします。(山間に入る前の大地沢で早めに終了することが可能です。)
18 2017/3/16 宮田太郎 春の歴史ロマン探索『東京古道探索八王子の鎌倉古道とひよどり山の謎』 京王線「京王八王子駅」〜子安神社(10時集合)〜市守大鳥神社 〜永福稲荷大明神 (昼食)〜大義寺〜名綱神社〜ひよどり山越え鎌倉古道〜小宮公園〜北島三郎邸前 〜山頂古道交差点〜尾崎山北大谷古墳〜大善寺〜八王子郵便局バス停〜路線バス〜JR八王子駅(16:25) 約5キロ。   八王子中心街の北方には、小高いひよどり山があり、古代〜中世の古街道が南北に乗り越えていました。かつて武田信玄の子である勝頼が大軍で陣を張った尾崎山や、都立小宮公園付近は展望の良い森や古代遺跡が広がり、また飛鳥時代の特殊な古墳とみられている北大谷古墳もあります。若草が芽生える相州の北八王子の丘を散策していきましょう。
19 2017/2/25 宮田太郎 早春スペシャル・ウォーク『梅咲く百草園“百草城と真慈悲寺”の歴史ロマンさんぽ』 京王線「百草園駅」〜上落川公園集合(10:00)〜田中島と落川遺跡〜奥州古道〜松連寺石塔〜仁王門跡〜旧参道〜百草園(弁当昼食。入園料300円)〜百草城〜百草八幡宮〜百草城外郭〜寿昌院の墓〜大宮神社前 解散(15:20)〜百草園駅。約5キロ。 東京都日野市の百草園は、梅園と歴史ある武蔵野が展望できる景勝地として有名。平安時代から鎌倉時代にかけて、ここには吾妻鏡にも記された古代寺院「真慈悲寺」があったと考えられています。また、この丘と八幡太郎源義家や父・頼義の奥州征討伝説との関係、近年の発掘成果や、中世城郭「百草城」の謎などについて、この城郭を発見した経験を基に団長・宮田がご案内していきます。早春の歴史ある高台に立って、平安・鎌倉時代ロマンを散歩しましょう。
20 2017/1/25 宮田太郎 明治天皇“多摩来遊”聖蹟の謎〜武蔵野大展望の丘さんぽ〜 京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」西口改札(10:00集合)〜一ノ宮の渡し〜一ノ宮小野神社参拝〜入江古道〜聖蹟桜ヶ丘駅周辺(昼食)〜関戸渡し場道(奥州古道)〜大栗橋と鎌倉古道〜防人が歩いた古代東海道の大阪〜向ノ岡(対鷗荘跡)〜明治天皇御野立所跡〜武蔵野大展望の夕日の丘〜旧多摩聖蹟記念館〜古代東海道打越山遺跡〜聖ヶ丘一丁目バス停(15:20解散)〜小田急永山駅。 約5キロ。 明治14年から17年にかけて、東京に遷都したばかりの明治天皇は、4回も多摩に兎狩りと鮎猟に来られ、また続いて昭憲皇太后、英照皇太后、北白川宮、伏見宮、有栖川宮、東久邇宮、李王殿下、大正天皇などが、昭和10年まで34回も多摩市連光寺の丘に来遊しています。「聖蹟桜ヶ丘」の駅名の根源、江戸幕府側の新選組の支援者たちが居た「多摩」になぜこんなに新政府側の皇室関係者が来られたのか、万葉時代から「向ノ岡」と呼ばれてきた大展望の丘に立って当時に想いを馳せてみましょう。雲が無ければ秩父丹沢連峰のみならず、日光男体山、榛名山、赤城山も見える、正月ならではの清々しいウォークです。
21 2016/12/1 宮田太郎 『古代街道“よこやまの道”延長ルート探索シリーズ』〜多摩境の内裏峠から御殿峠古道下・相原まで〜 京王相模原線「多摩境駅」改札口を出た地下広場(10:00集合)〜札次神社〜田端環状積石遺跡〜小山白山公園(自由昼食)〜尾根緑道(旧戦車道路)〜浜見場〜鮎街道(一部)〜三ツ目公園〜久保ヶ谷戸横穴墓(レプリカ)〜宝泉寺〜小山町三ツ目広場(15:20解散)〜橋本駅(15:40)  かつては、戦車道路とも言われた尾根道を西に向かうと、絹の道や鮎街道とも合流します。鑓水峠の大塚山から下って来る「絹の道」は昔から鎌倉道とも言われ、境川に沿う鎌倉道とつながっていました。「橋本」の地名の由来となった旧橋本宿は、小田原道・川越道(国道16号の旧道)が境川を渡る部分の精進場や両国橋(武蔵国と相模国の境目)から南側に広がる古い集落です。今も直線的な古い町並の風情を遺しています。
22 2016/11/12 宮田太郎 『古代街道“よこやまの道”延長ルート探索シリーズ』〜相模野眺望の尾根古道と長池伝説の奥州古道〜 京王相模原線「京王堀之内駅」改札口前に午前10時集合〜長池湧水歩道〜源氏伝説の別所「蓮正寺」と中世遺跡〜日枝神社〜複数のファミレスで自由昼食〜旧四谷橋〜長池ネイチャーセンター〜長池〜奥州古道〜分水界の尾根古道(相模野展望地)〜尾根緑道(旧戦車道路)〜京王相模原線「多摩境駅」午後3時45分頃解散予定。行程約6キロM。  湧水に沿って遊歩道がある八王子市別所地区。源頼朝や義経の父・義朝の御持僧・円浄坊が鎌倉時代に開いた蓮生寺薬師堂から長池伝説(小山田高家の奥方・浄瑠璃姫の伝説)へ続く奥州古道を探索します。よこやまの道の延長ルートは相模野を一望する丘でL字型に方向を変え、いよいよ境川に沿う様な尾根道となります。
23 2016/10/4 宮田太郎 徳川家康の御成道E〜絶景の相模川“八景の棚”と新戸の一里塚〜 JR相模線「下溝駅」改札口前に午前10時集合〜相模川“八景の棚”〜三段の滝〜上磯部の土塁〜民俗資料館〜磯部八幡宮〜勝坂遺跡公園(12:00昼食)〜有鹿様の泉〜勝坂集落と中村家〜新戸の一里塚〜宗仲寺(15:30解散)〜陣屋小路〜長松寺〜白山姫神社〜「相武台下駅」  家康の道を探る最終回は、相模川の渡河点まで向かいます。絶景の地“八景の棚”から丹沢に沈む夕日の美しさが有名。三段の滝は、何万年もかけて相模川が削り造った河岸段丘から湧く鳩川や道保川が造った景勝地。家康の御尊櫃(柩)を運ぶ1300人の行列が渡ったとみられる新戸の渡し場や一里塚を探し、縄文時代中期の代表的な指標遺跡である勝坂遺跡も探索します。当時の風景が見えてくるかのような雄大な景色です。
24 2016/9/25 宮田太郎 徳川家康の御成道D〜境川を渡る古道と麻溝台の一里塚〜 JR横浜線「古淵駅」改札口前に午前10時集合〜境川右岸の鎌倉道〜推定・古代東海道〜鹿島神社と大日堂〜境橋と龍像寺坂〜龍像淵と龍像寺〜鎌倉道〜家康の御成道(大山道、矢倉沢古往還)〜昼食(イーオンやイトーヨーカドーなどで自由昼食)〜大野台中学校前の行者道(御成道)〜木もれびの道と謎の宙水周回古道〜麻溝台の一里塚跡と近代測量発祥の地「相模野基線北端点」(解散15:20)〜さがみ緑風園前バス停〜相模大野駅 行程約6キロ。  古淵周辺は正に古街道が集まる場所。家康の御成道は大山道、矢倉沢古往還、行者道とも言われましたが、他にも古代東海道(防人の道)や境川右岸の鎌倉道、宙水周回古道(仮称)など古街道も、このエリアを通過しています。今回は境川渡河点の鹿島神社付近から、南北朝時代の淵辺義博伝説地、大型スーパーの敷地内の下に埋まっている家康の道や麻溝台の一里塚までを探っていきます。林内に残る大型(道幅10M?以上)の古街道痕跡は圧巻です。
25 2016/7/12 宮田太郎 徳川家康の御成道C〜小野神社から古淵〜 小野路里山交流館の隣の小野神社境内に午前10時15分集合〜小野路向坂と一里塚〜並木の明神坂〜岩の円福寺〜鶴見川の宮川橋〜鎌田坂〜がにやら谷戸(忠生公園)で各自弁当昼食〜かたかごの森の古道痕跡(最古の矢倉沢古道)〜木曽宿の福昌寺〜木曽覚円坊〜木曽一里塚(16:20解散)〜かわじま坂〜鹿嶋神社〜古淵駅(16:46) 約6キロ。  小野路宿から南方は当時の難所の一つ「向坂」「明神坂」を越えたと考えられます。室町時代に天台宗本山派の道興准后(どうこうじゅごう)が当地を通過し歌を詠んだ際の紀行文「廻国雑記」に登場する半沢の覚円坊から奥州古道の鎌田坂へ。木曽宿では千人行列が休んだ福昌寺や木曽の覚円坊を経て、木曽一里塚で終わります。
26 2016/6/26 宮田太郎 徳川家康の御成道B〜永山から小野路宿 京王相模原線・小田急多摩線「永山駅」改札口前に午前 10 時集合〜貝取の板碑群〜旧鎌倉街道〜貝取の御成道推定路 〜貝取北公園(昼食)〜貝取こぶし館〜小野路境・妙桜寺前の道代(みちしろ)痕跡〜一本杉公園〜公園内の御柩街道遺構〜大山道並木跡伝説地〜ピアノカフェショパン(裏手の古道遺構)〜石塔群〜小野路宿の辻(15;40解散)〜小野路里山交流館〜小野神社バス停〜鶴川駅  家康の遺言通り、亡骸を日光に改葬するため、本多正純や土井利勝らの有力家臣大名に付き添われて、千人行列は現在の町田市の小野路宿から多摩市の貝取を通って府中に向かいました。今回の古道検証ウォークでは、貝取団地の北はずれから町田市小野路町へと、実際の行程とは反対方向の「南」へと進んでいきます。一本杉公園内やピアノカフェ裏手の古道跡は1990年〜2000年頃に実踏で確認したものですが、鎌倉街道当時のままの姿を留めており、なかなか見応えのある美しい姿で、現代人に何かを語ってくれています。この機会にぜひ探索してみましょう。
27 2016/5/4 宮田太郎 新シリーズ!徳川家康の御成道A〜聖蹟桜ヶ丘から永山〜 京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」西口改札口前に午前10時集合〜旧鎌倉街道〜大栗橋〜関戸古戦場と千人行列滞留伝説地〜横溝八郎の墳〜延命寺〜無名戦士の墓〜観音寺〜霞ノ関跡〜原峰公園(各自弁当昼食)〜鎌倉古道の沓切坂〜古市場(多摩市役所)〜乞田・大貝戸〜板碑群(15:10解散)〜永山駅。約5キロ。  今回の探索シリーズは府中から座間まで「家康の御成道」を南下しながら探っていきます。多摩市内では、多くは旧鎌倉街道と重なっています。第2回目は多摩川の渡河地で順番待ちの為に千人行列が滞留した伝説の地が中心です。
28 2016/4/14 宮田太郎 新シリーズ! 徳川家康の御成道@〜発見された府中御殿編〜  京王線「府中駅」南口改札口前10:00時集合〜けやき並木の八幡太郎像〜大國魂神社内の国衙政庁跡推定域と国指定・武蔵国府政庁跡(国衙跡)〜大國魂神社境内一帯〜昼食(府中駅前で自由)〜徳川家康府中御殿跡〜奥州古道と国司の館跡推定地〜下河原線跡〜高安寺〜京王線「分倍河原駅」。約5.0キロM。解散は15:10。  第1回の府中御殿編は、武蔵国府政庁に隣接する大國魂神社や府中本町のエリアを探っていきます。この道は古代には奥州古道(国府街道)でもありました。平安時代の平安京(京都市)から後に家康ゆかりの地ともなる三河国を通って関東平野の武蔵国府(府中)、さらには東北地方の多賀城や胆沢城、また奥州平泉へと通じた古街道です。新シリーズは府中の家康御殿から南下するルートとなります。
29 2016/3/29 宮田太郎 大山古街道の謎を探るI シリーズ最終回!〜伊勢原糟屋の太田道灌伝説〜 小田急線「伊勢原駅」改札口前に午前10時20分集合〜駒形橋〜太田道灌の墓所・首塚(大慈寺)〜高部屋神社(糟谷氏の丸山城址)昼食〜大山古街道〜せきどめ地蔵〜下糟屋の大山古街道〜上糟屋の大山古街道〜太田道灌の胴塚(洞昌院)〜石倉橋バス停(一次解散)〜上粕屋神社〜上杉館(糟屋館)と空堀〜七人塚〜道灌塚バス停〜伊勢原駅 解散 16:50。  大山古街道(古代〜中世)は、江戸時代の大山参詣道とどのように違っていたのでしょうか。鎌倉〜南北朝時代の糟谷氏の城館址、室町時代の太田道灌公と墓所や主君・上杉定正の館跡推定地などと大山古街道の関係を探り、伊勢原から入る正面ルート(参詣道)の入口手前で、いよいよシリーズは終点となります。大山山麓の少し手前だからこその美しき山容を楽しみながら探索していきましょう。
30 2016/2/24 宮田太郎 大山古街道の謎を探るH〜愛甲石田から伊勢原へ〜 小田急線「愛甲石田駅」改札口前に午前9時45分集合〜石田遺跡群〜愛甲大塚古墳と謎の市境界線〜円光寺(愛甲三郎宝篋印塔)〜熊野神社(古墳?)と長大なる参道〜国道246号線沿いで自由昼食〜地頭山古墳〜船子八幡神社と弥生の環濠集落遺跡〜玉川〜愛甲三郎館跡〜高森の大山古街道〜小金塚古墳〜石田城跡〜子安神社〜愛甲石田駅 17:05解散。  大山古街道は、相模川を本厚木付近で渡り厚木市の愛甲から伊勢原市の石田へと続いています。今回の愛甲石田編は、ヤマトタケルを攻めた?サガム国の豪族たちの“古墳・王家の谷”(みやたの研究上呼称)から伊勢原の下糟屋手前までを探索します。いよいよ大山も目前に見えてくる雄大な古代景観の中の遺跡地帯は、古代〜中世の古道と共に謎の多い地域です。
31 2016/1/26 宮田太郎 大山古街道の謎を探るG〜海老名国分寺周辺〜 小田急線「海老名駅」中央改札口前に午前9時45分集合〜海老名の大ケヤキ〜高野山国分寺〜ひさご塚古墳(前方後円墳)〜浜田三塚公園〜上浜田遺跡(古代東海道の駅家)〜鳳勝寺〜国府推定地(勝瀬国府:宮田案)〜昼食(自由昼食)〜海老名市温故館〜相模国分寺僧寺〜伊勢山大神宮〜推定・大山古街道〜弥生神社と龍峰寺〜国分寺尼寺跡 16:20解散〜海老名駅  大山古街道シリーズも残すところ3回となりました。いよいよ相模川を目前に、古墳時代の相武(サガム)国の圏内だった?海老名市域に入ります。相模国分寺跡は判明している中で、未確認の国府跡の位置も新たに考えていきます。また古事記のヤマトタケルの火攻めの文には「さがむの国に入りまし時」、また「さがむの御野」(相模原台地?)とあります。当地方の豪族こそ、攻めた側(サガム王国)――という考察をも踏まえて古代街道や前方後円墳も探ります。
32 2015/11/3 宮田太郎 大山古道シリーズF 鶴間〜引地川源流編〜知られざる相模野の横断路〜  小田急線「鶴間駅」改札口前に午前10時集合〜下鶴間ぶどう園前の旧大山街道〜湧水が造った谷地形〜岩崎家の子安農園跡と引地川水源地を越える大山古街道〜亀甲山〜篠山城と上草柳遺跡〜自然観察センター付近で各自弁当昼食〜シラカシ林と安楽寺跡〜相鉄「さがみ野駅」。解散は午後3時50分。(約5キロ半)  古来、背丈以上の草が生い茂り通行する者を迷わせたという相模の大平原。その噂は古くから朝廷にまで知られていたことは、記紀のヤマトタケルの火攻めの難の部分から読み取れそうです。命が草薙の剣を振るった場所は、はっきりと「サガム(相武国)*相模国になる前の国名」内であったこと、「オヌ」(=御野、追野か)の記述があることから相模野のことであった可能性が高いはずです(宮田説)。その中央部から湧き出で相模湾につながる大和市の引地川は、古代や中世に於いては正に命の水源(みなもと)であったことでしょう。中世の人たちは、いよいよ開け始めた当地内の古街道で大山を目印にしながら箱根峠や足柄峠を目指し、さらに江戸時代の人たちは大山参詣道としたはずです。その湧水源の谷頭をかすめるような大山古道の痕跡近くには、あの財閥岩崎家の農園がかつて広がり、作家・吉屋信子の昭和26年の作品「安宅家の人々」のモデル地として、船越英二、田中絹代、乙羽信子ら出演の映画にもなりました。知られざる相模野の横断路は魅力がいっぱいです。
33 2015/11/3 宮田太郎 大山古道シリーズF 鶴間〜引地川源流編〜知られざる相模野の横断路〜 小田急線「鶴間駅」改札口前に午前10時集合〜下鶴間ぶどう園前の旧大山街道〜湧水が造った谷地形〜岩崎家の子安農園跡と引地川水源地を越える大山古街道〜亀甲山〜篠山城と上草柳遺跡〜自然観察センター付近で各自弁当昼食〜シラカシ林と安楽寺跡〜相鉄「さがみ野駅」。解散は午後3時半頃。(約5キロ半)  古来、背丈以上の草が生い茂り通行する者を迷わせたという相模の大平原。その噂は古くから朝廷にまで知られていたことは、記紀のヤマトタケルの火攻めの難の部分から読み取れそうです。命が草薙の剣を振るった場所は、はっきりと「サガム(相武国)*相模国になる前の国名」内であったこと、「オヌ」(=御野、追野か)の記述があることから相模野のことであった可能性が高いはずです(宮田説)。その中央部から湧き出で相模湾につながる大和市の引地川は、古代や中世に於いては正に命の水源(みなもと)であったことでしょう。中世の人たちは、いよいよ開け始めた当地内の古街道で大山を目印にしながら箱根峠や足柄峠を目指し、さらに江戸時代の人たちは大山参詣道としたはずです。その湧水源の谷頭をかすめるような大山古道の痕跡近くには、あの財閥岩崎家の農園がかつて広がり、作家・吉屋信子の昭和26年の作品「安宅家の人々」のモデル地として、船越英二、田中絹代、乙羽信子ら出演の映画にもなりました。知られざる相模野の横断路は魅力がいっぱいです。
34 2015/10/30 宮田太郎 大山古道シリーズE つくし野〜南町田、鶴間宿編〜大山街道よ!いったいどこへゆく?〜  東急田園都市線「すずかけ台駅」改札口前に午前10時集合〜国道246号に沿う旧大山街道〜小川の辻、町田道の道祖神〜東名高速町田IC近くの旧大山街道〜鶴間の大塚(富士塚。基盤には古代測量台が眠る?)〜南町田駅前、クランベリーモール内飲食店などで自由昼食〜旧大山街道〜境川〜鶴間の観音寺〜大黒天〜鶴間宿〜目黒川〜鶴林寺〜角屋伊兵衛のまんじゅう家跡(御巡見使道と旧大山街道のY字交差点)〜滝山道(後北条氏の「八王子滝山城〜鎌倉玉縄城」連絡軍道)〜山王神社〜旧大山街道〜小田急線「鶴間駅」。約7キロ。解散は午後3時50分。  「大山街道よ、いったいどこへゆく〜」と思わずつぶやきたくなるほど当時の道跡はこの辺りからわからなくなります。でも、古道はその先で町田街道と交差し、さらに武相国境線を越え、境川も越えて鶴間宿に至ります。渡辺崋山の「游相日記」に記された「まんじゅう家」の話は大山街道好きの間では有名。一方あまり知られていないが重要な戦国時代の軍道「滝山道」と江戸幕府の「巡見使道」も近くにあり、大山古街道との間には謎の三角地帯も現れます。かつて相模野といえば薬草ミシマサイコ」が一面に自生していたことから「柴胡ノ原(サイコノハラ)」といわれた相模野の入口にあたる地域までの散策です。
35 2015/9/19 宮田太郎 大山古道シリーズD 青葉台〜長津田編〜大山古道(古代〜中世)と旧大山街道(近世)〜  東急田園都市線「青葉台駅」1階正面改札口前に午前10時集合〜旧大山街道〜榎が丘の古道跡〜宝篋印塔〜神鳥前川神社〜恩田川〜二十三夜塔〜大山古街道〜旧大山街道〜石仏群〜下宿の常夜燈〜万屋の兎来宅〜昼食(自由昼食)〜大林寺〜上宿常夜燈〜大石神社〜御野立(八坂神社)〜伝・鎌倉道(大山古街道)〜大山街道〜最高地点・殿山〜つくし野駅。約5キロ。解散は15時40分。 鶴見川の支流である恩田川を渡る「中世・大山古道」は、青葉台を出てすぐ南側の榎が丘の国道246号道路脇の崖にその痕跡らしい道跡があります。激しく車が往来する国道のすぐ脇にわずかにでも遺る痕跡は、なるほどこうして道は時代によって変わっていくものなのだと実感できるはずです。また大山古街道(中世〜古代街道)は近世の(旧)大山街道とは、位置がかなりずれている場所もあります。それは長津田1丁目長津田団地付近と、長津田駅の西方にある森村学園付近。中世の大山古街道の方は比較的標高の高い尾根上を通ろうとする傾向が見られますが、これは古代の相模国府と下総国府を直接結ぶ為にできた平安時代の古代東海道(官道)が下地になっているからでしょうか。比較的、水場の多い谷戸低地近くを通る近世の旧大山街道との違いがわかるウォークです。
36 2015/6/22 宮田太郎 “大山古街道”の謎を探るC 市が尾〜青葉台編 東急田園都市線「市が尾駅」 西口改札口前に10:00 集合 〜大山街道 〜竹下地蔵堂〜市が尾横穴古墳群(市が尾遺跡公園)〜猿田坂入定塚〜旅籠錦屋 〜鶴見川・川間橋〜一里榎 〜柿の木台の大山街道 〜医薬神社〜藤が丘の大山街道〜もえぎ野ふれあいの樹林〜もえぎ野公園〜藤が丘駅周辺で昼食〜青葉台の大山街道 〜青葉台駅。 (解散 14:50) 行程 約 5キロ 鶴見川沿いには、古代の古墳群が点在しています。鶴見川に面して、広がっていた様々な時代の遺跡群、そして川を渡る大山街道は、東名高速道路の横浜青葉ICの北西付近の丘陵地を上がっていました。新興住宅地の中に大山街道がどのように遺されてきたかを、藤が丘や青葉台付近に探ります。
37 2015/5/24 宮田太郎河原そぞろ歩き 河原そぞろ歩き会『幻の大栗川石を探せ!』〜多摩川と大栗川の合流点へ〜    
38 2015/4/30 宮田太郎 “大山古街道”の謎を探るB 市が尾・荏田編』 東急田園都市線「あざみ野駅」改札口前に10:00集合〜早淵川〜驚神社〜観福寺〜老馬鍛冶山不動堂〜大山街道〜荏田下宿庚申搭〜荏田宿常夜搭〜荏田城址〜小黒谷戸地蔵〜荏田駅前で自由昼食〜長者原遺跡〜朝光寺原遺跡と古墳跡〜「市が尾駅」解散は15:45 行程約5キロ 3月1日に実施した宮前平編の続きです。横浜市都筑区の地下鉄「中川駅」付近から荏田町との境界線を進んだ大山街道は、鶴見川水系の支流である早渕川を渡り、荏田宿へと続きました。そこには荏田城もありました。市が尾は古代奈良時代の「武蔵国都筑郡衙(役所)跡=長者原遺跡」が見つかっていますが、遺跡発見以前にすでにこの付近の古道探索会を何度も開催していた宮田団長は、郡衙や駅家の存在を推定し紹介していました。国府からから金沢六浦湊への古代道の関係を含めてお話しします。
39 2015/4/7 宮田太郎 “大山古街道”の謎を探る@ 溝の口編 (2/6分再実施) 東急田園都市線「二子新地 駅」改札口前に10:00 集合 〜多摩川を渡る旧大山街道跡〜二子神社と岡本かの子文学碑〜鎌倉古道〜大陸天社旧蹟〜高津スポーツセンター〜二子地名発祥の二子塚古墳跡〜旧大山街道〜府中古道の痕跡〜二ケ領用水〜高津駅前付近で自由昼食〜大山街道ふるさと館〜陶芸家浜田庄司の家〜二ヶ領用水古流路跡と民権運動家の上田家〜溝口神社〜宗隆寺と古墳群〜鎌倉古道と大山街道〜「溝の口駅」15:40 解散 行程 約 6キロ  相模の主峰「大山」は、古代以来のランドマーク的な目印と信仰の山でした。その南には伊勢原の平野と相模湾の海が広がり、山がないことから、古代以来の東海道の目標となったばかりか、古墳時代から入植した古代人たちの心の拠り所であったと考えられます。この新シリーズでは、江戸時代の大山街道ばかりでなく、古代〜中世の信仰の道も探っていくのが狙いです。大山古街道を知ることから、見えなった相模国の壮大な歴史景観が見えてくるはずです。ぜひ、シリーズ踏破を目指して奮ってご参加下さい。
40 2015/3/1 宮田太郎 新シリーズ第2弾!『“大山古街道”の謎を探るA 宮前平編』 東急田園都市線「宮前平駅」改札口前に10:00集合〜八幡神社と鎌倉街道中の道(大山街道)〜将門に任官された興世王の伝説地〜中世の遺跡群が多い小台〜鷺沼駅前で自由昼食〜鎌倉古道と大山古道〜持田春吉さんの碑〜川崎考古研究所〜牛久保の古街道跡(大山道)〜サントゥール中川バス停近くで解散14:50〜 「たまプラーザ駅」 行程 約 6キロ  多摩丘陵に入った大山街道は「鎌倉街道中ノ道」と重なる部分があり大山古街道と呼ぶべき古いルートも下に隠れているようです。大山を目指して南西方向に進み、丘陵地を幾つも乗り越える道をたどれば、いつの時代に誰が考えたのか不思議な感動が迫ってきます。東京国立博物館に納められた銘品の中世の火葬骨壺が出土した謎の鷺沼駅前の「小台」を越えて、推定路や痕跡を探索していきましょう
41 2015/2/6 宮田太郎 新シリーズ開始!『“大山古街道”の謎を探る@ 溝の口編』 中止              2015/4/7 再実施  
42 2015/1/17 宮田太郎 『東京・稲城の山中で“幻の古代官道跡”発見?!』〜府中と東京湾“金沢六浦湊”を結ぶ謎の国府交易路〜 京王相模原線 「京王稲城 駅」改札口前に10:00 集合 〜亀山(キザン)城跡 〜古代街道の大口と“出口”地区〜昼食(駅前で各自由)〜妙見寺と謎の蛇より行事の妙見尊〜古街道跡〜大道・打越地区の古街道跡〜京王稲城駅 解散は 15:15。行程 約5キロ  東京都稲城市の百村地域の山中に眠る幻の古代街道「武蔵国府東京湾交易路」の存在は、25年以上前から団長自らがその存在を訴えてきたテーマです。かつて新百合ヶ丘駅前には、この大街道の続きにあたる古街道跡(道幅10m規模)が開発直前まで「スリコバチ」の名で存在していました。さらに、柿生駅近くの丘で発見された古代役所跡(推定・武蔵国橘樹郡麻生郷衙)につながるこの道は、見事な直線で「都筑郡役所跡(長者原遺跡)」〜「久良岐郡衙・推定地の弘明寺」〜金沢六浦称名寺(古代の港湾役所跡か)に繋がっています。古代の武蔵国衙が経営していた湊は、品川湊だけではなく、金沢六浦にもあったのでしょうか。
43 2014/12/7 宮田太郎 『新視点!浅草寺の古代ロマン』〜本当は正反対の駒形交差点にあった?観音堂の謎〜 都営浅草線「浅草駅」を地上に出た駒形信号脇の駒形堂(駒形公園)に午前10時集合〜駒形堂と交差点の丘〜雷門〜仲見世通り〜伝法院外部〜弁天堂〜昼食(自由昼食1時間)〜二天門〜三社様(浅草神社)〜被官稲荷〜浅草寺本堂〜影向堂〜鎌田正清の石塔〜六角堂〜淡島大明神(解散は午後2時50分)〜銀座線「浅草駅」。行程約5キロM。 なぜか雷門から低い方へ下っていく浅草寺の参道に疑問を持ったのがこの歴史ロマンの始まりです。かつて飛鳥のキトラ古墳や高松塚古墳付近に居た古代の東漢氏(やまとのあやうじ)であった檜隈氏(ひのくまうじ・檜前氏)の一派が、関東にやってきたのは府中に国府が造営された飛鳥時代の頃。東京湾沿岸まで拡大して居住した彼らのうち、檜前浜成・武成兄弟が隅田川で漁をしている時に網にかかった観音像を、領主の土師中知と共にお祭りしたのが浅草寺や三社様の始まりか。さらに、最初に安置した丘は実は雷門から南へ上った駒形(高麗方)の信号付近だったのではなかったか。新視点でロマンを探索していきます。本当の浅草寺の魅力がわかる?本年最後の宮田ウォークです。
44 2014/11/23 宮田太郎 「多摩よこやまの道・歴史ロマンウォーク」(第2回)歴史古街道団設立10周年記念ウォーク 小田急線「唐木田駅」(10:00集合)〜唐木田稲荷〜大妻女子大裏の奥州古道・武蔵野眺望地〜奥州古道と影取り池伝説地〜武相観音巡礼道入口〜尾根幹線道路のショッピングセンター飲食店(昼食12:00〜13:15)〜六部塚と東西日本巡礼古道〜蓮生寺伝説の峠〜山王塚〜長池伝説の別所長池〜見附橋付近(一次解散15:50)〜別所蓮生寺〜京王堀之内駅(解散16:30) 「多摩ニュータウンは歴史が無い新しいまち」ではありません。正反対に日本の歴史上、稀にみる貴重な大遺跡群が存在したのです。ニュータウンの地下から見つかった約一千か所の遺跡群は日本最大級です。三内丸山と同様だった縄文大集落群、弥生の環濠集落、飛鳥・奈良の都と直結していた街道と村々、鎌倉時代の武士団屋敷、そして江戸時代までずっと続いた東西ニッポンを結んだ「大幹線道路」が幾つも乗り越え集まっていたのです。――八ヶ岳・蓼科から黒曜石を運んだ「縄文ロード」、奈良や京の都から貴族がやってきた「奥州古道」「古代東海道」、武士たちが駆けた「鎌倉古道」、日光への「家康の道」、「新選組の道」「巡礼街道」「大山参詣道」「生糸街道」「絹の道」「鮎街道」など、数多くの歴史的にたいへん重要な街道が、多摩ニュータウン地域に今も存在していることを実際に歩いて確かめてみましょう。
45 2014/11/1 宮田太郎 「多摩よこやまの道・歴史ロマンウォーク」(第1回)歴史古街道団設立10周年記念ウォーク 小田急・京王線「永山駅」(10:00)〜諏訪団地内の古代東海道推定ルート〜多摩市陸上競技場〜馬引沢南公園(古代東海道・鎌倉街道早ノ道)〜多摩よこやまの道〜丸山三山〜防人見返りの峠〜謎の並列古道跡〜鎌倉古道入口〜多摩市一本杉公園(古民家で昼食)〜大山街道跡(徳川家康・日光への千人行列の道)〜鎌倉裏街道(新選組・土方歳三の道)〜小山田小太郎隠れ穴の丘(東京国際カントリーC)〜セブンイレブン前(16:15一次解散)〜八幡太郎源義家の奥州征討の道・長坂道〜唐木田駅。約6キロ。解散は16:45。 「多摩ニュータウンは歴史が無い新しいまち」ではありません。正反対に日本の歴史上、稀にみる貴重な大遺跡群が存在したのです。ニュータウンの地下から見つかった約一千か所の遺跡群は日本最大級です。三内丸山と同様だった縄文大集落群、弥生の環濠集落、飛鳥・奈良の都と直結していた街道と村々、鎌倉時代の武士団屋敷、そして江戸時代までずっと続いた東西ニッポンを結んだ「大幹線道路」が幾つも乗り越え集まっていたのです。――八ヶ岳・蓼科から黒曜石を運んだ「縄文ロード」、奈良や京の都から貴族がやってきた「奥州古道」「古代東海道」、武士たちが駆けた「鎌倉古道」、日光への「家康の道」、「新選組の道」「巡礼街道」「大山参詣道」「生糸街道」「絹の道」「鮎街道」など、数多くの歴史的にたいへん重要な街道が、多摩ニュータウン地域に今も存在していることを実際に歩いて確かめてみましょう。
46 2014/10/5 宮田太郎 万葉時代・古代東海道“防人(さきもり)ウォーク”歴史古街道団設立10周年記念「時代再現ウォーク」 雨のためウォーキングは中止                     東京 府中市・大國魂神社大鳥居前10:00 集合〜防人の出立式再現をふるさと歴史館で行う。
府中市郷土の森博物館に移動して自由昼食〜奈良時代の防人軍団・故郷の家族との別離シーン再現〜郷土の森正門前バス停〜分倍河原駅 14時45分
歴史古街道団設立10周年と府中市郷土の森博物館リニュアルオープンを記念して、一般開放日の10/5(日)に「防人登場・時代再現ウォーク」を府中市内で実施いたします。府中市郷土の森博物館の展示リニュアルに際して防人の映像撮影に協力提供した装束をつけて「武蔵国府政庁跡の防人出立式」を再現します。見学後、郷土の森博物館へ向けてウォーキングしましょう。ご案内は、宮田太郎(歴史古街道団団長)です。
47 2014/6/29 宮田太郎 “関東の奥州古道を探るF”「東京・虎ノ門と霞ヶ関の奥州古道」 地下鉄南北線「六本木一丁目駅」改札口前に午前10時集合〜泉屋博古館分館〜一願地蔵尊〜道源寺坂〜道源寺〜西光寺〜谷町の奥州古道〜久国神社〜南部坂〜アークヒルズ(昼食)〜澄泉寺〜霊南坂〜江戸城「外堀石垣遺構」〜霞ヶ関坂〜霞ヶ関跡〜日比谷見附跡 解散 午後3時40分〜日比谷線日比谷駅 幻の「奥州古道」シリーズのウォークは、いよいよ江戸城付近まで進んで来ました。「霞ヶ関」の地名は中世の奥州古道に設けられた関所跡にちなみますが、同じく中世鎌倉時代にできた東京都多摩市関戸の「霞ノ関」と皇居前の「霞ヶ関」は、実は同じ道でつながっていた可能性があります。太田道灌による江戸城建設前には、原宿から現在の皇居の紅葉山や吹上御所を越えていく大街道=奥州古道があり、国府府中も経由することから国府(こう)路=麹(こうじ)町ができたことも考えられます。<*江戸城の西側を古くは国府方(こうがた)と呼んでいた。>また一方で鎌倉や目黒から北上して二重橋前の海浜部分をゆく奥州古道もあったようです。あまり知られていない江戸城界隈の中世歴史ロマンの推理ウォーク、ぜひご参加下さい。
48 2014/5/22 宮田太郎 “関東の奥州古道を探るE”「麻布十番と六本木に奥州古道を探る」 地下鉄大江戸線「麻布十番駅」改札口前に午前10時集合〜十番稲荷神社〜鳥居坂〜龍澤寺〜暗闇坂〜一本松坂の奥州古道〜西町インターナショナルスクール〜元麻布氷川神社〜仙台坂〜善福寺〜網代公園〜自由昼食(麻布十番)〜きみちゃん像〜一の橋〜永坂〜狸穴公園〜狸穴坂・鼠坂・植木坂〜島崎藤村旧居跡〜雁木坂〜霊友会〜西久保八幡神社(15:45解散)〜日比谷線「神谷町駅」(15:50) 目黒から北上し麻布から六本木へ通じていた奥州古道は、皇居の中世の関所跡「霞が関」に達していたか!? ―霞が関とは、中世にあった関所のひとつ。多摩市の関戸の「霞ノ関」と並んで同じような名称があるのは、共に大きな街道があり、戦乱が続いた中世には関所のようなものが設置されていたことを示しているのではないでしょうか。六本木ヒルズの位置には南に飛び出した丘があり、桜田村の集落もありました。江戸城の南の入口の「桜田門」にも関わる奥州古道に沿う昔の風景を辿っていきましょう。江戸時代以前の東京が見える本邦初の奥州古道探索・麻布コースです。
49 2014/4/26 宮田太郎 “関東の奥州古道を探るD”「目黒・白金長者の城館跡と奥州古道」 JR山手線「目黒駅」中央改札口前に午前10時集合〜誕生稲荷と三田用水跡・古街道跡〜自然教育園内の白金長者城館跡〜白金台どんぐり児童遊園(昼食)〜瑞聖寺〜三光坂〜港区最古の氷川神社(日本武尊伝説)〜渋谷川〜南麻布の薬園坂と奥州古道〜有栖川宮記念公園 解散 午後4時10分〜古墳見学〜日比谷線「広尾駅」 東京・目黒駅前の自然科学園の森林には見事な中世の城館跡が高い土塁に囲まれて遺ります。また目黒通りの旧道・古道は、皇居の虎の門や桜田門付近に続くかつての奥州古道だったか知られざる歴史ロマンあふれる古道を〉検証します。
50 2014/3/1 宮田太郎 “関東の奥州古道を探るC”〜町田の小山田・木曽町“八幡太郎の峠越え古道”〜 小田急線「町田駅」町田バスセンター脇の西友前に午前9時30分集合〜路線バスで町田街道の根岸交差点のバス停「下根岸」〜旧津久井街道〜古道交差三角地点〜境川の根岸橋〜鎌倉古道久保沢道〜淵野辺氏館跡〜山根橋〜自由昼食〜八幡太郎伝説の箭幹八幡宮〜桜美林大の奥州廃道〜八幡平〜小山田竹の花〜内の御前社(小山田神社)〜日大三高バス停〜町田バスターミナル 解散 午後4時40分 関東の奥州古道は大きく二つがありました。鎌倉から奥州に向かった道と、箱根から厚木や座間〜府中を通って奥州に向かった道です。今回は八幡太郎源義家や父の頼義の伝説が最も多い町田の木曽・小山田コースをたどります。小山田は平安時代末期からの秩父桓武平氏・小山田氏が官牧を経営していた地。馬の飼育と弓馬術に長けた彼らはやがて源頼朝の側近として流鏑馬の指導者となり大活躍しました(吾妻鏡)。中でも最古の奥州廃道は奥州の安倍氏や清原氏との戦いであるご前九年後三年の戦いの道でもありました。当時の景観や古道・伝説がどこにどのように残っているのかを探っていきましょう。
51 2014/2/1 宮田太郎 新宿の“落合古道”雑司ヶ谷道を探る 西武新宿線「下落合駅」北口改札前に午前10時集合〜妙正寺川〜東長谷寺・薬王院と野鳥の森公園〜七曲り坂と氷川神社〜落合古道・雑司ケ谷道〜おとめ山と東山藤稲荷神社〜高田馬場駅付近で自由昼食〜妙正寺川沿いの古道〜高田の氷川神社と南蔵院〜面影橋〜天祖神社〜JR高田馬場駅。解散16時。約5キロ。 西武新宿線中井駅改札口集合(10:00)―都営大江戸線中井駅A2出口から徒歩5分程度

集合場所で配付される地図等の資料を基に、「落合地区」の古道を探索、発見しましょう!貴方は「東西線落合駅」方面へ?私は「西武新宿線下落合駅」方面へ!JR高田馬場駅か目白駅周辺に再集合して、報告・打上げ会をやりましょう!
52 2014/1/23 宮田太郎 中止                 稲城の古代街道発見!“武蔵官道・金沢六浦路”   東京の稲城は、まだ大規模なエリアに昔の多摩丘陵の歴史景観が残されています。そこには古代の飛鳥・奈良・平安時代に国府があった府中から古代官人たちの国道が金沢八景の六浦湊・称名寺前まで続いていたと思われる歴史のロマンが眠っています。宮田(団長)が20年以上かけて調査し、新百合ヶ丘駅までは一部が発掘されていて10M幅の大道も発見されています。今も奇跡的に残る「古代武蔵国府津への道=武蔵官道金沢道」の痕跡を深い森や林の中に探っていきます。
53 2013/12/21 宮田太郎 “関東の奥州古道”を探るB、新宿御苑と抜弁天の奥州古道 JR 中央線「千駄ヶ谷駅」改札口前に午前10時集合〜多武峰(とうのみね)内藤神社と駿馬塚〜新宿御苑の西洋庭園〜下の池・中の池〜台湾閣〜上の池〜昼食〜甲州街道〜大宗寺〜正受院〜成覚寺〜天神山遊園と西向天神社〜大聖院(紅皿の墓)〜法善寺〜抜弁天厳島神社 解散16時40分〜大江戸線「東新宿駅」 新宿御苑の中には渋谷川の源流があり、江戸時代に防衛のために甲州街道に設けられた大木戸に沿うように湧き出し、渋谷方向へと流れていたようです。奥州古道はそれに沿い、今の西洋庭園付近で渡り、新宿大久保や高田馬場の方向へ続いていました。今回は新宿6丁目付近を通過する推定路を探ります。
54 2013/11/12 宮田太郎 “関東の奥州古道”を探るA、渋谷の金王丸八幡宮と奥州古道 JR 渋谷駅南口のモアイ像前に午前10時集合〜渋谷川とその跡〜金王八幡宮と豊栄稲荷神社、東福寺〜奥州古道〜氷川神社〜広尾三丁目付近昼食〜山手線を越える奥州古道〜猿楽遺跡公園〜猿楽塚古墳 解散 15時40分〜地蔵・道しるべ〜目黒元富士跡〜東急線「代官山駅」 湘南の茅ケ崎や鎌倉は源氏伝説が集中するエリアですが、北上した奥州古道は多摩川を北に渡り品川区の洗足池付近から代官山を経て渋谷駅の南方の並木橋へと続いていたと推定されます。今回は渋谷氏伝説の道を奥州古道の視点に立って、東京の渋谷界隈を探っていきます。
55 2013/10/18 宮田太郎 新シリーズ“関東の奥州古道”を探る@、東京・原宿の“源氏山”と奥州古道 JR 山手線「原宿駅」公園口前 10:00 集合〜オリンピック橋と源氏山〜水無橋と古街道〜源氏山と館下=竹下の小道(竹下通り)〜東郷神社〜旧渋谷川穏田橋と表参路(自由昼食)〜穏田水車跡〜勢揃い坂〜鳩ノ森八幡宮〜千駄ヶ谷駅。約5キロ。解散15:50 京都と東北地方(奥州)を結んだ古代〜中世の奥州古道には数条があり、国府府中を通る東西路(〜町田市小山田〜多摩市〜府中〜人見街道〜杉並区成宗または大宮〜埼玉県川口市〜)と、通らない南北路(川崎市平間または武蔵小杉〜洗足池〜渋谷〜原宿〜千駄ヶ谷〜王子飛鳥山〜)の2ルートがメインでした。新スタートの「奥州古道シリーズ」第1弾は、東京の明治神宮の入口にかつてあった謎の「源氏山」から春の小川・渋谷川を辿り千駄ヶ谷に向かいます。
56 2013/9/23 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探るJ、『池子の弥生人が歩いた鷹取山と金沢湾の野島』 京急本線「追浜駅」改札口前に午前10時集合〜 路線バスで10分間〜湘南鷹取センター〜鷹取山(昼食)〜池子弥生人の展望尾根〜三市境界の高台〜六浦スポーツ広場(小休)〜国境尾根〜法福寺と雷神社〜六浦東1丁目の国境古道〜夕照橋〜野島の古代測量地点と野島公園展望台〜旧伊藤博文別荘〜金沢シーサイドラインモノレール「野島公園駅」(16時20分) 2012年4月5日に東名高速道路の横浜ICにほど近い「南町田」から始まった武相国境シリーズも遂に最終回(第11回)となります。これまで毎回たくさんの皆さんに参加して頂きましたこと、厚く感謝申し上げます。これまでは展望の良い尾根の左には東京湾、右手には相模湾を眺められましたが、朝比奈から先である今回は、大きく「し」の字型にカーブして東方向に進み、同じ東京湾内にある金沢湾と横須賀湾を左右に見ることになります。弥生人たちの村が発見されている逗子・池子の裏尾根には、横浜市と逗子市と横須賀市の三市が接する山もあり、彼ら古代人も海を眺めたであろう奇勝・鷹取山も歩きます。
57 2013/7/13 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探るI、鎌倉最古の切通し「白山道切通し」と横浜自然の森 JR 東海道線「大船駅」南改札びゅうプラザ前10時集合〜 バス :「稲荷森バス停」〜證菩提寺〜いたち川沿古道〜上郷市民の森(発見した未登録遺跡)〜 みずき広場 各自弁当昼食〜光明寺〜東上郷の白山神社〜庄戸と釜利谷の境の武相国古道〜ビートルズトレイル〜大丸山〜横浜自然観察の森(WC)〜白山道切通し〜 横浜須賀路下〜高舟台の武相国境〜大道中前バス停(鼻欠け地蔵)解散17時10分〜バス:鎌倉駅 かつて鎌倉の中心部と金沢六浦湊を結んだ朝比奈切通しの鎌倉街道。しかしそれが開かれるより以前の最古の切通し「白山道の切通し」が朝比奈切通しの北側にあります。アクセス方法が難しく、知られていませんが歴史ある古道ならではの風情と迫力が残されています。また武相国境線はここで始めて尾根上から谷へと一旦降りて「界(さかい)の地蔵」とも言われた磨崖仏「鼻欠け地蔵」に至り、再び逗子市と鎌倉市の境の尾根に戻って金沢湾の野島に向かっています。分水嶺から外れる理由は不明ですが、一つの仮説を提示しつつ探っていきます。
58 2013/6/23 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探るH、鎌倉・円海山と神秘の瀬上池 港南台駅改札口前午前10時集合〜港南台高校の南の武相国境古道〜昼食〜瀬上市民の森の北縁の古道〜円海山〜瀬上池〜上郷高校(上郷猿田遺跡=縄文、奈良時代の集落)〜瀬上沢の貝化石地層(解散)〜港南台駅(16時15分) このシリーズも残すところ5回となりました。最終回は金沢八景六浦の野島が終点の予定ですが、今回は港南台から円海山へ、さらには神秘なる瀬上池付近までたどります。瀬上池は、巨大なスリバチ状・あるいはアリ地獄型の地形の奥底にあり、湧き出でる清廉なる湧水池。太古の貝の化石層も見られ、スリバチの縁にあたる尾根上に武相国境古道が通っています。タタラ氏の道とも言われてカネザワ(金沢)に続く様はこれまでの国境線が住宅地化しているのとは異なり、大自然の中の遺跡としての迫力に満ちたコースです。
59 2013/2/24 宮田太郎 武相国境・古道シリーズG「港南・日野南の国境古道大曲り」 JR根岸線「港南台駅」改札口前午前10時集合〜路線バスで金井谷〜日野ゴルフセンターの尾根古道〜迎陽トンネル〜表町公園〜環状3号線と鎌倉街交差点「原乃橋」付近 自由昼食〜三谷町公園(塚の古址)〜日野南公園〜七曲り峠〜元大橋の尾根古道〜港南台駅入口〜JR根岸線「港南台駅」 15時解散 約5キロ 武相国境線が三ッ境の南方の善部町で大きく曲がるのと同様に、またそれ以上に大曲するのが港南区の日野南エリアの国境です。それは横浜桜木町の東京湾にそそぐ大岡川の支流「日野川」の源流域を、大きく囲むように国境が曲がっていくらしいことが見えてくるでしょう。東京湾に面した磯子を東方に臨み、南に相模湾に面した鎌倉アルプスを望む見晴らしの良い丘の古道です。
60 2013/1/30 宮田太郎 武相国境・古道シリーズF 「上大岡・日野川と港南・馬洗川の国境古道」 京浜急行「上大岡駅」改札口前10:00集合〜路線バスで別所の水道橋下〜別所4丁目と大久保3丁目の境尾根または下永谷小の尾根〜桜台地区センター〜相武山小〜環状2号線「永作」〜横浜市営地下鉄「上永谷駅」付近で昼食〜港南台ゴルフセンター日野6丁目尾根〜横浜横須賀道路を渡る宮久保橋〜野庭団地中央公園(野庭関城跡)解散15:30〜野庭団地バス停〜上大岡駅 最も国境線が不明になり始めている横浜市港南区の日野地区に、馬洗川と日野川に分かれる遺跡群を感じつつ、その境の「相武山」に古道痕跡を探索していきます。古代には武蔵国久良郡に属していた付近の丘は、鎌倉街道や古代道が交差する謎の多い地域。消滅しつつある地形から古代の国境線を見出す難題にチャレンジです。
61 2012/12/19 宮田太郎 武相国境・古道シリーズ「戸塚・六ツ川の国境古道をあるく」 横須賀線「東戸塚駅」改札口前に午前10時集合〜路線バスで境木地蔵尊〜旧東海道〜権太坂〜南方に曲折する武相国境〜自由昼食〜平戸と六ツ川境の古道〜引越坂交差地点〜別所の古道〜水道橋下バス停〜路線バスで京急「上大岡駅」。
(約5キロ。解散15:10 頃)
戸塚の東方では横浜市南区との境を南北方向に国境は走っていました。

江戸時代には東海道の坂道として知られた権太坂を北に見ながら見晴らしの良い尾根を進みます。六ツ川の引越坂付近でやや境界古道は不明になるものの別所から下永谷で再び明瞭になり、いよいよ右手に相模湾、左手に東京湾を感じられることでしょう。
62 2012/11/25 宮田太郎 武相国境・古道シリーズ「東戸塚〜保土ヶ谷戸塚境」編 横須賀線「東戸塚駅」改札口前に午前10時集合〜オーロラシティー〜旧東海道〜品濃町の一里塚〜境木地蔵尊と国境の木〜山王山公園で各自弁当昼食〜武相国境を横浜カントリー方面へ〜横浜スポーツマンクラブ脇の古道〜東戸塚駅。約5キロ。解散は15時頃。 武蔵国と相模国の境界線は、東京湾と相模湾のどちらに川の水が流れていくかで振り分けられて引かれたことが見えてきたこのシリーズ。まさに飛鳥〜奈良時代の国造りの知恵と実地に立った作業の積み重ねであったことにあらためて感心します。今回は神奈川県の戸塚西方の古代国境を探っていきます。昔の面影が残る境木地蔵尊付近は、近世東海道と武相国境線が重なるところ。品濃町の一里塚付近からの素晴らしい眺望は思い出に残ることでしょう。
63 2012/10/16 宮田太郎 みえてきた中世意外史!!源頼朝の最期の真実〜頼朝は丹後局屋敷で最期を迎えたか〜 JR東海道線「茅ヶ崎駅」改札口ビュープラザ前に午前10時集合〜中海岸の砂丘と川上音二郎邸跡(高砂緑地)〜厳島神社〜旧東海道〜各自由昼食〜京鎌倉往還〜千ノ川〜佐塚様の塚山(鎌倉鶴岡八幡の最古の元宮跡)〜本社宮〜大庭景義伝説地〜丹後局屋敷跡と「島津忠久えな塚」〜西久保バス停〜茅ヶ崎駅(17時解散) 源頼朝ほど面白い歴史人物はいない。神奈川県内各地での現地聞き込み調査から、その波乱にとんだ人生に垣間見れるものは、武家の棟梁という一見して厳つい顔ではなく、実に涙脆く人情味あふれる人物であり、青春時代の真面目な恋愛を引きずりながら最期を劇的に迎えた男の姿だった。誰も書かなかった東国政権を打ち立てた棟梁の真実の姿、どうして・どこで・なぜ亡くなったのか――この疑問を現地に立って皆さんと解き明かしていきたいと思います。
64 2012/9/30 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探る−D、「三ッ境のたつ道〜緑園都市・万騎ヶ原編」 相鉄「三ツ境駅」改札口前広場10:00集合〜武相国境線「たつ道」〜長屋門公園(昼食)〜善部神明社と妙蓮寺〜大きくカーブする武相国境線の認〜相鉄いずみの線「南万騎が原駅」
 (約5キロ。 解散 14 :30) 。
6月に実施できなかった分の振り替え。7月8日実施予定のC万騎ヶ原編より1回分、コースは逆戻りしますが、三ツ境から「たつ道」の名で続く武相国境線を追っていきます。旭区と瀬谷区の接する善部町で東へ大きくカーブする国境線の方向変更の謎、和泉川と二俣川の流域の違いや古道の計画の関係を考え、古代人の頭の良さを実感できることでしょう。頼朝や北条義時、畠山重忠らの伝説で知られる万騎ヶ原に続く国境線は、雄大な相模野の最後の頂上に関わる重要な古街道です。
65 2012/7/8 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探る−C、「万騎ヶ原〜戸塚編」 相鉄いずみの線「南万騎ヶ原駅」改札口前10:00集合〜こども自然公園(北条時政軍炊き出しの池)〜武相国境の案内〜昼食(公園内)〜保土ヶ谷区と旭区の境の都塚〜鎌倉街道中ノ道〜上田じょうだ神社〜万騎が原大池 バス停 地名の「万騎」は馬牧なのか、戦の際に騎馬が集結する陣城なのか。武相国境古道は大きく東西方向に走りながら戸塚駅の東方へと尾根上を続いています。古代飛鳥時代に何者かが国分けをしただろう、その基準線を探る第4弾。
66 2012/6/8 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探る−B、「三ッ境のたつ道〜緑園都市・万騎ヶ原編」  相鉄「三ツ境駅」改札口前広場に午前10時集合〜家康の楽老台〜武相国境線「たつ道」〜長屋門公園〜阿久和のファミレスなどで自由昼食〜善部神明社と妙蓮寺〜大きくカーブする武相国境線の謎〜相鉄いずみの線「万騎ヶ原駅」。約5キロ。解散は15時半頃。 三ツ境からは「たつ道」の名で武相国境線は南へと続きます。旭区と瀬谷区の接する善部町では東へ大きくカーブする国境線の方向変更の謎について皆さんと考えてみましょう。和泉川と二俣川の流域の違いと古道の計画の関係がみえるようであり、古代人の頭の良さになるほどと感心することでしょう。頼朝や北条義時、畠山重忠らの伝説で知られる万騎ヶ原に続く国境線は、雄大な相模野の最後の頂上に関わる重要な古街道です。
67 2012/5/6 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探る−A、「三ッ境のたつ道〜緑園都市・万騎ヶ原編」 小田急江ノ島線「鶴間駅」改札口前 09:45 集合( 09:59  のバスで移動。)〜上瀬谷通信隊バス停〜武相国境線〜帷子川水源地と古街道〜中丸山戦場跡〜瀬谷市民の森 昼食〜聖マリアンナ前の推定・古代東海道跡(中原古街道の痕跡か)〜武相国境線野〜相鉄三ツ境駅。
(約6キロ。 解散 14 :40) 。
相模野の大平原を目の前に、丹沢山系の山並みと富士の山を雄大に臨む素晴らしい景色の地に上瀬谷通信隊基地はあります。かつて相模大森氏や小田原北条第三代氏康、上杉氏憲、徳川家康らが歩いた瀬谷は今も昔の景観と、緑濃い林を残してくれています。さらにある林の中で、武蔵国府の府中に寄らない「古代東海道」痕跡を、森の中で以前に発見しました。道幅12Mの古代道の痕跡には圧倒されます。ぜひ、このダイナミックな古代国道の痕跡を歩いてみて下さい。
68 2012/4/5 宮田太郎 “武相国境線”の謎を探る−@、「南町田〜上川井〜上瀬谷通信隊編」 東急田園都市線「南町田駅」改札口前10:00集合〜小川原の鎌倉道〜道祖神〜長津田の辻〜鎌倉街道と鶴間の大塚〜昼食(グランベリーモールにて各自自由)〜一里塚〜武相国境線〜相の原の塚〜鎌倉道〜武相国境線〜卸センターの古道〜上瀬谷通信隊入口〜バス停〜鶴間駅。(約6キロ。解散15:30 )。 古代において、誰かが、何かを基準に引いた線「武相国境線」。曲がりくねったこの線は、多摩丘陵の西のはずれから南東の横浜・金沢八景の海辺(六浦湾)の沖に浮かぶ野島の頂上まで続く。なぜ金沢の島だったのか、武蔵国の国道が続くということは、府中の国府官人がわざわざ通う必要があったのではないか。いよいよ古代武蔵国の国府が経営する古代港湾の姿が見えてくるかのようです。東京湾と相模湾、夫々に流れ着く川の水脈を振り分ける分水嶺こそ武相国境線だったのでしょうか。タタラ氏たちも歩いた謎のラインを探っていくシリーズが始まります。
69 2012/3/24 宮田太郎 川崎・向ケ丘の“源義経と兄・今若”の遺跡を探る 小田急線「向ヶ丘遊園駅」改札口前に午前10時集合〜津久井往還・榎戸集落〜根岸古墳群〜北野天神社と謎の土塁(各自弁当昼食)〜広福寺と稲毛三郎の墓〜義経の拠点・松方山(枡形山)〜横穴古墳〜安立寺〜向ヶ丘遊園跡〜吾妻鏡所載の威光寺跡(妙楽寺)〜長尾神社〜五所塚〜バス停〜小田急線「向ヶ丘遊園駅」。約6キロ。解散は15時45分。 川崎市から町田市、日野市、多摩市、府中市にかけての範囲に、鎌倉時代の義経や弁慶、亀井六郎(義経の四天王)らの伝説が30地点にも広がって分布していることが判明。誰かの創作ではと疑いながら始めた調査研究は、次第に驚きの結果に変わっていったのだった――新たに見えてきた多摩川に面した丘の上の、義経一派の拠点造りの痕跡と、頼朝の隠し子にも関わる重大な謎を登戸・向ヶ丘遊園付近に探っていきます。
70 2012/2/4 宮田太郎 鎌倉古道伝説を歩くF 《東村山将軍塚〜所沢》 西武国分寺線・新宿線「東村山駅」改札口前

10:00集合〜浅間塚と鎌倉道〜中金研修会館前の古道〜東村山駅(駅周辺で自由昼食。イトーヨーカ堂、ファミレス、中央公民館あり)〜府中街道から分かれる旧鎌倉街道〜諏訪神社〜ふるさと歴史館〜熊野神社と富士塚〜勝陣場橋〜久米川古戦場〜八国山将軍塚〜勢揃橋〜路線バスで東村山駅または所沢駅。(解散15:30頃)
鎌倉古道を追跡するシリーズはいよいよ狭山丘陵を北の埼玉県側に乗り越えます。古代道の東山道武蔵路発掘で八国山の将軍塚を目指して測量と設計がなされていたことが判明しており、将軍塚の近くでは試掘調査も行なわれています。実際にどのあたりを乗り越えたか、鎌倉街道とはどういう関係にあるのかについても検証してみます。
71 2011/12/6 宮田太郎 鎌倉古道伝説を歩くE、《小平〜九道の辻》 西武国分寺線「鷹の台駅」改札口前に10:00集合〜小平中央公園〜玉川上水「九右衛門橋」〜上鈴木稲荷と推定鎌倉古道、二つ塚跡〜鎌倉橋〜石塔ヶ窪〜複数のファミレスで自由昼食〜ブリジストン東京工場前の鎌倉古道〜九道の辻〜西武国分寺線「小川駅」または西武多摩湖線「八坂駅」または「東村山駅」へ。(解散15:30 頃) 鎌倉古道(鎌倉街道上ノ道)を追って小平の二ツ塚から東村山に入っていきます。恋ヶ窪は本当は国府(こう)の水源である窪地のことではなかったでしょうか。鎌倉街道の目印となった?謎の二つ塚、玉川上水にかかる「鎌倉橋」付近では、新たな推定路を津田塾大の裏手に辿ります。有名な古道が九方向に伸びる「九道の辻」までをたどります。
72 2011/11/29 宮田太郎 ヤマトタケル草薙剣の物語と古代・相武国(さがむのくに)の謎、〜相模川沿岸の首長たちの古墳群を歩く〜 小田急線「本厚木駅」中央改札口9:45集合〜路線バスで船子〜地頭山古墳〜八幡神社〜東京農大〜防災の丘公園(ホウダイヤマ古墳跡、各自弁当昼食)〜毛利台吾妻神社と仮称:毛利台吾妻神社古墳跡〜諏訪神社〜高松山古墳(発掘現場跡)〜宮地バス停〜本厚木駅。(解散15:30 頃) かつて7世紀始め頃までは、「相武国(さがむのくに)=相模川沿岸の海老名・茅ヶ崎・厚木・平塚一帯」と「師長国(しながのくに)=酒匂川流域の足柄平野・国府津・二宮一帯」の二つがあって、大化の改新以降にまとめられて相模国になったと考えられています。また古事記には、はっきりと「さがむのおの=相武の小野」でヤマトタケルが火攻めに遭って有名な草薙剣を振るったことが記されています。古代相武国に地方王権があって、やがて大和政権に従属していった証が、我々古街道団が関わってきた「高松山古墳」ではないでしょうか。今回は“相武国首長一族の王墓の丘”と名付けた丘を探索します。
73 2011/11/14 宮田太郎 鎌倉古道伝説を歩くD、《国分寺市尼寺と黒鐘公園〜恋ヶ窪》 JR中央線「西国分寺駅」南口広場10:00集合〜伝・祥応寺跡〜黒鐘公園尼寺と鎌倉古道〜文化財資料展示室〜昼食(各自弁当)〜国分寺〜武蔵国分寺跡資料館〜お鷹の道湧水〜東山道武蔵路跡〜鎌倉街道跡〜東福寺〜姿見の池の東山道発掘現場跡〜熊野神社〜鎌倉街道跡〜JR西国分寺駅。(解散15:30 頃) 国分尼寺のほぼ中央を通っていたことが判明している鎌倉街道の痕跡。そのことにより、尼寺が廃絶した後の時代に、ここを通ることになったことがわかります。また東芝府中の正門前からの中央通路がほぼ鎌倉街道にあたることから、この工場は鎌倉街道を活かして、およそ道の左右から建物が建てられていったことも推測されます。
74 2011/9/30 宮田太郎 鎌倉街道伝説をあるく–C、「関戸〜分倍河原〜府中本町」編 京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」西口改札前に10:00集合〜有山屋敷〜霞ヶ関橋〜いろは坂〜関戸城址〜天主台跡〜金毘羅神社参道跡〜ゆう桜ケ丘(各自弁当昼食)〜阿弥陀寺〜代官屋敷跡〜観音寺(南木戸柵跡)〜無名戦士の墓〜佐伯屋敷〜延命寺〜横溝八郎の墳〜関戸古戦場地蔵堂〜大栗橋と鎌倉古道〜多摩川〜中河原の渡し〜鎌倉古道と大國養魚場〜京王線中河原駅。(解散15:30 頃) 鎌倉街道の幹線道路である上ノ道(上道)を探索するシリーズは、いよいよ武蔵野へと入っていきます。天下にその名が轟いたという名関「霞ノ関」があった多摩市の関戸から、古戦場跡や家康の日光改葬の千人行列が河渡しの順番待ちで滞留したと言われている大栗橋へと向かい、多摩川を渡って府中市の中河原へと入っていきます。分倍河原古戦場の先はハケ(崖)を緩やかに上る陣街道が続きます。
75 2011/6/21 宮田太郎 鎌倉街道伝説をあるく–B、多摩ニュータウンの鎌倉古道と天下の名関・関戸霞ノ関「貝取〜関戸」編 「多摩センター駅」小田急側改札口前に10:00集合〜吉祥院と新田義興伝説の笛吹峠〜中世の狼煙場?貝取北公園(各自弁当昼食)〜新選組・土方歳三の道〜貝取尾根の鎌倉古道〜念仏供養板碑〜乞田五差路〜新田義貞・鐘掛け松跡〜古市場(市役所)〜武者屋敷〜関戸塁(砦)原峰公園〜熊野神社(関戸霞ノ関関所跡)15:50頃解散。永山駅または聖蹟桜ヶ丘駅へ(バス便有) 多摩ニュータウンの中心域は南北方向に8本の尾根が並行する不思議な地形。はるか古代から昭和30年代に至るまで、尾根の間の低地は湿地帯や田んぼであり、実際の鎌倉街道や奥州古道は、背骨にあたる尾根上を通ったと考えられます。それらの現況とルートを現地に探り、鎌倉幕府の北の最前線である物見台(天主台)や砦や山城、関所跡、新田義貞の大軍勢が休んだ場所など、当時のままに残る不思議な「原峰の森」周辺を探っていきます。
76 2011/6/5 宮田太郎 鎌倉街道伝説をあるく-A、軍馬の踏み跡と小野路関屋城「小野路宿〜貝取への道」編 @「多摩センター駅」小田急側改札口前9:15集合(多摩センター駅から9:33 発鶴川駅行きで小野路「五反田」バス停下車)A小野路町五反田バス停10:00集合(鶴川駅発多摩センター駅行き、永山駅・聖蹟桜ヶ丘駅行きに乗車)〜町田市小野路町の鎌倉古道(山の神ルート)〜関屋城と切通し〜石久保地蔵〜小野路三ッ又〜一本杉公園(各自弁当昼食)〜崖の鎌倉古道と砦跡〜貝取団地〜念仏供養板碑〜乞田交差点(15:50頃解散)。バスまたは徒歩にて多摩センター駅・永山駅・聖蹟桜ヶ丘駅へ。 前回の野津田公園コースは、新たに発見された大規模な中世軍事駐屯基地であり、綾部原古戦場の伝説も新たに聴き取り調査で判明したものでした。江戸時代の地誌に出てくる「小山田関」という名前の関所は小野路の中心地である「宿」地区に近い「関屋」なのか。ここから多摩市に向かって続く真実の鎌倉古道跡(未公開)の痕跡を探ります。
77 2011/5/7 宮田太郎 鎌倉街道伝説をあるく−@、いざ!鎌倉の道と“古街道の集まる歴史の丘”「本町田・七国山〜野津田公園」編 小田急線「町田駅」町田バスセンター脇の西友1階前に9:30集合〜路線バスで本町田の菅原神社前バス停〜菅原神社〜井出ノ沢谷戸〜一色舌状台地〜一色無名社〜ダリヤ園(各自弁当昼食)〜丂国山の鎌倉井戸と鎌倉古道の実相(痕跡)〜丸山橋〜華厳院坂の古道跡〜鎌倉古道跡〜発掘現場跡〜サッカー場前で解散。

(15:50 頃)野津田バス車庫から町田駅方面へ、またはサンシティー町田(小野路)から路線バスで多摩センター、鶴川方面へ。
鎌倉時代の軍道・鎌倉街道は、古代飛鳥時代以来の伝統的工法を持った渡来系技術者が関わったのか。日本一多い古代技法の痕跡(波板状ピット群)や国内最大級の幅の道路跡が発掘で見つかった「野津田公園上の原」は、まさしく古街道が集まる歴史の丘であり、今も当時の歴史景観と痕跡が残されている奇跡の丘。井出ノ沢の本当の意味と場所、知られざる武士の館跡「一色の台地」、三つの山で構成されて初めて360度展望が可能となる物見と狼煙(のろし)の丘・七国山など、ガイドブックにはない真相を追っていきます。
78 2011/4/23 宮田太郎 関戸こそ鎌倉幕府・北の最前線基地遺跡だ!〜建武の中興を決定付けた村・関戸の砦跡と天守台の謎〜 永山駅小田急側改札口前13:30集合〜鐘掛け松〜関戸塁〜関戸城〜天守台〜聖蹟桜ヶ丘駅(16:00頃解散予定)。 「建武の中興を決定付けたのは多摩村関戸だったー。」と、歴史家に言わせた関戸の謎。原峰公園こそ一日も早い史跡整備が必要ではないのか。「関戸全体が鎌倉幕府の要塞の跡だ!」という考え方を検証しながら紹介します。

新田義貞軍は一般説のように一本の道で藤沢へ向かったのではなく、多摩市役所付近で夜を明かして、翌朝に三手に分かれて進軍していった事実や多摩丘陵の伝説・史跡の数々を紹介します。
79 2011/3/31 宮田太郎 昭和30年代の多摩のハイキングコースを歩く(百草から城跡を通って三沢城〜高幡不動) 「聖蹟桜ヶ丘駅」西口改札前に9:45集合〜路線バスで中和田バス停〜謎の小山と竹林〜十二神社〜七蔵院台(古墳ほか)〜倉沢谷戸〜百草観音堂〜団長発見の百草城(百草園*各自入園料300 円負担、【自由昼食・そば屋あり】)〜百草八幡古城跡〜三沢城、通信所〜高幡不動駅。約6 キロ。ややアップダウン有り。 高度経済成長の幕開けの時代には、京王帝都電鉄や東京都が中心となって、多摩丘陵自然公園やハイキングコースが作られ、まだ着物姿だったお母さんが家族みんなのためにお重箱やバスケットに御馳走を詰めて、総出でピクニックに出かけたものでした。若い女性や男性もおしゃれをして、健康的な社交の場として多摩丘陵から武蔵野や秩父連山、榛名山や赤城山、日光連山、筑波山などを眺めての爽快な春の一日を楽しんだものです。このコースを実際にたどる体験を企画しました。百草園から城跡を通って三沢城〜高幡不動駅までのコースです。
80 2011/1/22 宮田太郎 王子・飛鳥山遺跡・弥生の環濠集落の謎 JR京浜東北線「王子駅」中央改札口前に10:00集合〜王子神社〜蝉丸塚〜王子稲荷〜装束稲荷〜王子駅前で自由昼食〜音無川〜不動の滝跡〜弁天の滝跡〜飛鳥山(飛鳥神社跡、カワラケ投げの名所、江戸期の花見の丘、飛鳥山桜の碑、環濠集落遺跡の跡〜古墳〜飛鳥山資料館〜王子駅。(行程約5キロ。解散は15:50頃。) 東京湾沿岸で弥生の環濠集落が発見された飛鳥山遺跡は、徳川吉宗将軍が庶民の娯楽のために植えた桜の名所「飛鳥山」から発見されました。いまでも古墳がみられる飛鳥山は、縄文時代のカヌー群の発見や日本一の堆積の厚さを持つ貝塚の発見で知られる中里遺跡の上の台地にあり、古代東海道や鎌倉街道もすぐ近くで交差しています。また大晦日の狐参りで有名な王子稲荷や熊野信仰の王子神社は、石神井川が東京湾に注ぐ河口付近にあり、付近は滝ノ川や音無川の名前で親しまれる渓谷、名主の滝、不動の滝などかつては七滝があった江戸時代の観光名所でした。かつての東京湾岸の古代風景を想像しながら探っていきましょう。
81 2010/12/18 宮田太郎 横浜・港北の弥生遺跡と忌部(いんべ)の伝説A新吉田の杉山神社と弥生の大遺跡群 横浜市営地下鉄「センター北駅」改札口前に10:00集合〜大棚の龍福寺から清林寺への尾根〜早淵川〜早淵公園〜北川表遺跡、権田原遺跡の跡地〜昼食(数件の飲食店で自由*味の民芸、横浜屋、松屋、マクドナルド)〜新吉田の古代遺跡地帯〜杉山神社〜東京銅器前バス停〜綱島・日吉・センター南駅行きバス。(行程約6キロ。解散は15:50分頃。) 前回10月の大塚歳勝土遺跡の東方が今回のテーマ地域。勝田から新吉田町にかけては多数の環濠集落や弥生集落遺跡が密集して発見されたとても貴重なエリアです。すでにニュータウンに変わり消滅してしまった遺跡や、今も田園風景の中に広がる未知の遺跡群、謎に満ちた忌部氏ゆかりの神社、新たに発見できた鍛冶工房遺跡?など、わくわくするような古代史ロマンが広がっています。新横浜も近いのどかな丘陵を探索していきましょう。
82 2010/11/16 宮田太郎 逗子・池子の弥生遺跡と東京湾船越し古街道 JR横須賀線「逗子」駅東口改札前に10:00集合〜海宝院(町田市小野路の小野神社梵鐘)〜池子遺跡(弾薬庫跡遺跡)〜昼食(逗子駅前で自由)〜持田遺跡(弥生時代遺跡)〜船越し古道と切通し〜横須賀市船越町〜京急本線「田浦駅」またはJR横須賀線「田浦駅」。(行程約5キロ。解散は15:50分頃。) 湘南海岸の逗子の町はかつて内海が入り込み今よりも平地は少なかったとみられています。しかしながら弥生遺跡は多く、池子弾薬庫跡地の遺跡は静岡県の登呂遺跡と同様に大量の弥生時代の木器類(農具や生活用具)や鹿の骨の卜骨が見つかっています。それに続く前期の前方古墳墳も2基(神奈川県最古で最大級)、最近になって丘の高台で発見されました。実は町の奥地に入っていくとあっという間に東京湾に抜けられ、これらの遺跡はまさに三浦半島の先端まで行かなくとも相模湾と東京湾を短絡路で結ぶことができる古街道に沿っていることがわかるのです。新視点でみる逗子の遺跡探索・弥生編は船越交通路と遺跡の関係がテーマです。
83 2010/10/31 宮田太郎 さきもりまつり2010 @Aコース(ロングコース)府中大国魂神社〜史跡武蔵国衙跡〜分倍河原の古道〜中河原の古道〜大栗橋〜連光寺大坂〜高西寺〜打越山遺跡〜メイン会場 大谷戸公園(昼食・各自用意)〜聖ヶ丘〜馬引沢〜諏訪〜多摩よこやまの道〜防人見返りの峠(防人と家族との別れのシーン再現、第一次終点)〜並列古道跡〜古道五差路〜町田市別所(最終解散)

ABコース(ショートコース)聖蹟桜ヶ丘駅〜大栗橋〜以降はAコースと同じ
歴史古街道団恒例の「防人(さきもり)まつり」を今年も10月31日(日)に開催します。多摩地域ならではの独自のまつりを創造しようと継続し、6回目となる今年は、より多くの地域の人たちと一緒に作り上げ参加してもらうため、多摩市連光寺や聖ヶ丘の皆さんの協力のもとに「さきもりまつり2010実行委員会(富沢政宏委員長)」を組織し、企画運営しています。団員の方々も多数参加され、ウォーキングやメイン会場でのお手伝い等のご協力をお願いします。

「後援」府中市、多摩市、町田市 各教育委員会

[協力]町田市観光コンベンション協会、多摩らいふ倶楽部、NPOみどりのゆび

☆メイン会場と催し物

{場所}多摩市立大谷戸公園(多摩市連光寺5−17−1)

{催し物 11:00〜14:00}万葉歌朗詠(今野耕作先生)、時代衣裳の万葉人・防人登場、多摩のむかし野菜販売、抽選会、小物・物産販売、歴史古道マップ・古街道資料などの販売と配付などを予定しています。
84 2010/10/2 宮田太郎 横浜・港北の弥生遺跡と忌部(いんべ)の伝説@ 〜大塚・歳勝土遺跡と茅ヶ崎杉山神社〜 横浜市営地下鉄「センター北駅」改札口前に10:00集合〜中川杉山神社〜センター北駅北側の環濠集落跡地〜横浜市立博物館見学〜昼食(駅前で自由。弁当持参の方は歳勝土遺跡公園などで)〜大塚遺跡(環濠集落)と歳勝土遺跡(方形周溝墓群)〜茅ヶ崎城〜センター南の茅ヶ崎杉山神社と貝塚遺跡〜センター南駅解散(行程約4キロ。解散は15:30頃) 東京湾沿岸でもっとも弥生の環濠集落遺跡が集中するのは「横浜市港北区」です。しかもそれは前代の縄文時代遺跡群の集中地域に重なるかのようでもあり、関東の弥生時代が一足飛びにできたのではないことも見えてきます。港北ニュータウン付近で確認された環濠集落の数は現在10数箇所。本来は同エリアだけでも30箇所以上があった可能性もあり、これは全国でも突出する規模と数です。著名な大塚・歳勝土遺跡は一部が港北ニュータウン内に保存され復元されています。またかつて弥生時代に房総半島先端の館山や三浦半島一帯に入ってきたともいわれる忌部一族の姿を杉山神社と港北の弥生遺跡の関係から探っていきます。また集落内住居のオンドルの跡?など珍しい遺構も探ってみましょう。
85 2010/9/20 宮田太郎 奥州古道を探るC『相模原市大野台〜麻溝台』 JR横浜線「古淵駅」改札口前*淵野辺ではないので注意――に午前9:45集合〜古代東海道・防人の道〜奥州廃道(大野台5丁目)〜緑地帯の中の古街道遺構〜大野台中近くの行者道(大山街道・家康御成道)〜古道が集まる謎の地点〜北里大学通りのファミレスや飲食店で自由昼食〜麻溝緑地の古道辻〜二つ塚跡と一等三角点測量基線〜うまやくぼ(解散15:45頃)*北里大学前バス停〜JR横浜線・相模原駅、上溝駅方面へ 今回の部分は2010年3月新発見の古街道遺構で、1500Mも続きます。大野台の美しい森の中の古道跡として残り、その先の大野台中学近くからは「古代東海道・防人の道」や「行者道」と言われた「大山街道」や家康の遺骨を日光へ搬送した道「御尊櫃御成道」も一点に集まってきます。森の中には巨大な(12M幅?)の窪みが今も判別でき、古代国家が建てた駅家(うまや。古代国道の休憩所)も発見できそうです。
86 2010/7/6 宮田太郎 関東の古街道ウォーク『東山道武蔵路と秋津の悲田処古道を探る』 西武国分寺線「東村山駅」改札口前に10:00集合〜東山道武蔵路発掘地点〜鎌倉古道〜榛名神社〜久米川の辻〜梅岩寺〜柳瀬川蛇行点〜コモディイイダ付近で自由昼食〜秋津地蔵堂〜氷川神社〜秋津神社〜武蔵野線「新秋津駅」。解散は15:45頃。約5キロ。 東山道は関東平野の北辺を東西に通っていた古代国道。その途中の新田や太田から武蔵国府府中に上り下りしていた国道(12m幅)が武蔵路。東村山から文屋秋津という官人に縁があるという説がある秋津へ。旅人を救った救護所「悲田処」があったというロマン、府中の真北の北辰ラインにあたるなど不思議な秋津を探ります。
87 2010/6/22 宮田太郎 奥州古道を探るB『鳥居峠〜箭幹八幡宮〜淵野辺』 多摩センター駅小田急改札口前9:00集合〜路線バスで日大三高バスターミナル〜大泉寺前の奥州廃道痕跡〜小山田神社(内ノ御前社)〜鳥居峠(リサイクル文化センター)〜八幡平〜桜美林大学の奥州廃道〜町田街道のファミレスほか飲食店で自由昼食(弁当の方は箭幹八幡宮付近で)〜箭幹八幡宮〜日向根遺跡群〜淵野辺義博館跡〜皇武神社(日本武尊伝説地)(解散は15:45頃。)*路線バスで町田駅、淵野辺駅へ。 奥州古道シリーズの第三回目は、いよいよ多摩丘陵から相模野へと武相国境の境川を渡ります。八幡太郎源義家や源義賢・義平らの伝説に彩られ平安〜中世の豊富な遺跡がある地。後醍醐天皇の第一皇子・護良親王をあやめた淵野辺義博の館跡から、ヤマトタケルが泊まったという小野家までを探っていきます。
88 2010/5/1 宮田太郎 奥州古街道を探るA『唐木田〜小山田大泉寺』 小田急多摩線「唐木田」駅改札口前に9:45集合〜大妻大学脇の展望所〜多摩よこやまの道〜小山田氏の道〜語り部の丘〜小山田古戦場〜奥州古道の踏み跡と峠〜奥州廃道〜小山田緑地の大久保分園(各自弁当昼食)〜梅木窪〜大泉寺〜小山田緑地〜日大三高バスターミナル(解散は15:45頃)*多摩センター、町田バスセンター、淵野辺方面へ。 奥州古道シリーズの第二弾。多摩ニュータウンから奥州古道は西に三つに分かれて(奥州古道中尾ルート、常盤ルート、奥州廃道)相模野に続いていました。今回は最も古い奥州廃道を探っていきます。ゴルフ場の中の峠付近での古街道から続く景色は美しく、踏み跡の地層も一部露出しています。平安時代に京都と武蔵府中の間を通った源頼義や八幡太郎らが往来した古道をたどっていきます。
89 2010/4/4 宮田太郎 奥州古街道を探る@『聖蹟桜ケ丘〜愛宕神社』 京王線聖蹟桜ケ丘駅西口改札前に9:30集合〜徒歩で一宮の渡し〜小野神社〜落川遺跡〜昼食(一宮の川崎街道沿いのファミレスや、そば屋などで自由)〜宝蔵橋〜へっぴり坂〜東寺方〜体育館(休憩)〜鎌倉沢・女沢〜恋路原(後路原・国府路原)〜愛宕山と愛宕神社〜愛宕バス停(解散)多摩センター、聖蹟桜ケ丘方面へ。約6キロ。(解散は15:45頃) かつて日本列島の西国と東国の間を相互に人々が行き交った「奥州道」。江戸時代には五街道の「奥州街道・奥州道中」が江戸から東北地方まで整備されましたが、中世には鎌倉から仙台多賀城に向けての「奥大道」(吾妻鏡)もありました。しかし本来は、京都や奈良・飛鳥の都から始まる古代官道であったはずであり、それは足柄・箱根峠から多摩ニュータウン付近を経て多賀城まで続いたと考えられます。官道でもある「奥州古道」「奥州古街道」は、坂上田村麻呂や源頼義・義家親子の蝦夷平定の兵団派遣の道、献納物や税納品の輸送の道なのです。
90 2010/2/11 宮田太郎 古道の聖地・三社大権現・布田道と謎の古墳 多摩センター駅小田急線改札前に9:30集合〜路線バスで五反田〜下堤古道〜三社大権現(駒犬像、聖地、水口様、冨士塚古墳)〜伝・甲州道〜飯守神社〜武田兵糧庫跡〜真光寺で自由昼食(スーパー、飲食店、コンビニ複数あり)〜真光寺公園〜いずみ浄苑前の布田道(新選組・近藤勇、沖田総司の道)〜電源開発〜三社大権現〜小野路別所バス停。約6キロ。解散15:50頃〜永山、聖蹟桜ヶ丘、多摩センター、鶴川方面へ。 東西に約10キロM延びる多摩よこやまの道。そこから南北に派生する多摩古道群。神奈川県境が東京都側に入り込む黒川の奥地と、町田市小野路別所との境付近で、以前に研究上の分類案として団長が軍事戦略鎌倉道(南北朝・室町期に発達した軍事色の強い鎌倉道)と命名した古道がある。古代交通研究会の木下会長も論文の中でもその道や宮田説についてふれている。 

この軍事鎌倉道と、調布や稲城方面から小野路に続く布田道、さらには町田市真光寺町を通って武田方の甲州道、計三本の古道が接する山の頂点にその聖地はあります。聖地は分厚い縄文土器が散乱しており祭祀の場であったのか。謎の古墳とともに隠れたこの聖地にスポットをあてます。
91 2010/1/23 宮田太郎 町田で最も美しい古街道跡を訪ねる、土方歳三が歩いた竹林の中の古街道 多摩センター駅小田急線改札前に10:00集合〜路線バスで南野高校前〜一本杉公園の大山街道痕跡〜土方歳三が歩いた日野往還・小野路道跡〜鎌倉古道の砦跡(一本杉公園内)〜昼食(一本杉公園内で各自弁当)〜矢倉沢往還と徳川家康の御尊櫃御成道(ごそんひつおなりみち)〜子育て地蔵尊〜宿裏道〜日野往還(府中道・小野路道)〜竹林の中の美しい古道跡〜ピアノカフェ・ショパンで休憩〜一本杉公園〜路線バスで多摩センター駅。約4キロ。解散16:00頃。 町田市の小野路にはとても美しい竹林の中の古道跡が残されています。知る人ぞ知る大きな掘割状の道は、甲州街道日野宿から小野路宿に向かった土方歳三の剣術出稽古の道でもありました。宿で出された、たくあん漬を美味しいと褒めたら帰りには樽ごと土産に持たされた歳三が、一人樽を担いで帰ったエピソードがあり、その後姿が今にも見えてくるかのようです。そのすぐ裏手のピアノカフェ・ショパンで熱いコーヒーや紅茶で体を温めてから帰りましょう。
92 2009/12/8 宮田太郎 薬師池から本町田井出の沢古戦場の古街道 小田急線「鶴川駅」北口改札前に10:00集合〜路線バスで袋橋〜伝・大山道〜野津田神社〜薬師池(弁当昼食)〜薬師堂〜リス園前の大山道〜えびね園〜今井谷戸〜日蓮が泊った宏善寺〜本町田古戦場〜本町田遺跡公園と市立博物館見学〜バスで町田駅。解散は15:50頃 町田市の薬師池は薬師台方面から来る伝説の大山街道と支線鎌倉道のぶつかるところ。また行基伝説もある福王寺薬師堂から本町田えびね園へ、一般説の鎌倉道ルートについて、再検討していきます。
93 2009/11/22 宮田太郎 多摩の古街道遺跡群を深く知るシリーズ@、連光寺の古代測量台と天王森舟ヶ台 京王線聖蹟桜ヶ丘駅西口改札前に10:00集合〜大栗川と乞田川合流点〜向ノ丘の奈良時代住居発掘地と小野小町歌碑〜縄文遺跡〜桜ヶ丘公園夕日の丘(武蔵野大展望)〜聖蹟記念館(各自弁当昼食)〜後北条氏の赤坂駒飼場古戦場〜成満寺〜舟ヶ台の展望地〜白山神社と古道〜天王森八坂神社とスダジイの古木〜多摩のランドマークと大展望の縄文遺跡〜京王線若葉台駅または永山駅へ(路線バスあり)。約6キロ。解散は15:50頃。 聖蹟桜ケ丘は南方に向かって扇状に広がる多摩古街道群の中心。武蔵野や多摩川を眼下に一望できる多摩丘陵の高台「連光寺天王森」地区は、標高150Mで唐木田山王塚と並ぶ多摩市最高地点の一つ。山の高台なのになぜか「舟ヶ台」と呼ばれる。埼玉県の狭山丘陵の八国山との間の古代測量台なのか。尾根の古道と発掘から見えた多摩丘陵の意外な古代史を訪ねて歩きます。
94 2009/11/1 宮田太郎 さきもりまつり2009 聖蹟桜ヶ丘駅西口9:30集合〜(多摩市立健康センター前公園にて受付・出発式)〜大坂〜連光寺・春日神社〜高西寺〜打越山遺跡〜メイン会場:多摩市大谷戸公園(昼食、万葉歌朗詠、抽選会ほか)〜多摩よこやまの道〜防人見返りの峠〜並列する古街道跡〜〜古道五差路〜小野路別所バス停〜多摩センター・永山・聖蹟桜ケ丘駅方面へ。 過去4回の「さきもりまつり」は武蔵国府のあった府中・大国魂神社から出発していましたが、市街地を歩くため危険が多いことや、歩行距離が長いなどの指摘があったこと等から、今年は多くの人が参加出来るよう集合場所を京王線・聖蹟桜ヶ丘駅一箇所に変更しましたのでお間違いないようにお願い致します。今年のポイントと見どころは、本物の大規模な古街道(防人の道?)を実際に見ること、小野路別所まで足を延ばすことです。永山6丁目の「防人見返りの峠」からすぐの山林内にある「並列する大規模な二つの古道跡」を時代衣装を着た防人たちと一緒に歩きましょう。ご期待下さい。
95 2009/9/22 宮田太郎 富士山麓小山町と御殿場の足柄古道防人道 小田急線で新松田駅9:00〜JR御殿場線「松田駅」〜JR御殿場線「足柄駅」〜竹之下の嶽之下神社と古代東海道跡〜足柄駅付近で各自弁当昼食〜一里塚〜小倉野の鎌足神社〜深沢城跡と足柄街道〜七社神社〜富士巻狩りの地・大雲院〜路線バスでJR御殿場駅または足柄駅〜御殿場線・小田急線で町田駅。約6キロ。町田解散は18:00頃。 東日本と西日本を往来した街道のうち、太平洋側を通った街道はすべて富士山を見ながらの通行であったといってもいいでしょう。足柄峠を下って小山町から御殿場へ。富士山麓に残る数多くの史跡と湧水群。小倉野でみつけた藤原“鎌足神社”に秘められた歴史や、防人たちが歩いた古代東海道などを追って絶景の富士山麓を探っていきます。
96 2009/7/1 宮田太郎 厚木の古墳を知ろう!“地頭山古墳・愛甲大塚古墳”編 小田急線「本厚木駅」中央改札口を左に出た広場に9:45集合〜路線バスで船子〜地頭山古墳〜古代東海道と八幡神社〜本盛寺〜玉川〜国道246号線沿いのファミレスなどで自由昼食〜愛甲大塚古墳〜大山街道〜子安神社〜円光院〜小金塚古墳〜塚堀公園の高台と古街道跡〜愛甲石田駅。約6キロ。 南関東に広がる古墳地帯“厚木”。その中でも古い時代の大型三古墳を現地に訪ねます。地頭山古墳も愛甲大塚古墳(石田車塚)も小金塚古墳も、みなかつての広い湾であった相模川河口域を見渡せる河口湾域古墳です。これから調査する愛名の高松山は奥座敷とすると、これら三つの古墳はそこに至る入口の古代河畔集落エリアに存在。ヤマトタケルが火責めの難に遭い、草薙の剣を振い、火打石で迎え火を放った神話世界の伝説地の入口にもあたります。防人の道・古代東海道や、町田・多摩・府中にある小野神社と厚木の小野神社を一直線に結ぶ古代の東西日本の交通幹線道路が通る歴史ある里を探ってみましょう。
97 2009/6/6 宮田太郎 初夏の清流をゆく歴史フットパス、道保川の湧水地と亀ヶ池八幡伝説を歩く〔相模野〕 JR横浜線「相模原駅」改札口前に9:45集合〜路線バスで浄水場〜十二天神社〜道保川流域〜馬の牧場〜道保川公園(弁当昼食)〜丸崎の「かぎの手」〜姥川〜亀ヶ池八幡宮〜和田坂〜藤橋〜横山古道〜横山台の照手姫伝説地〜JR相模線「上溝駅」。または路線バスでJR相模原駅。 相模原のハケ(崖)は大昔に相模川が暴れながら侵食していった跡。今も道保川、姥川、鳩川の三流が並行して相模川まで流れていきます。中でも豊富な湧水源で知られる道保川は清らかな水流が森の崖の深い地層から吹き出し、広がった水面の中を木道で散策できる穴場。かつてはクレソンや山葵(ワサビ)の生産も行っていた十二天神社の「おみたれみず」から、城山・川尻八幡〜北相模・亀ヶ池八幡〜鎌倉・鶴岡八幡と続いていた謎の「獅子道」や和田義盛伝説、小栗判官と照手姫伝説地などを辿って歩きます。
98 2009/5/18 宮田太郎 『黒川の毘沙門堂と汁守・飯守・菜守神社の謎』 小田急線黒川駅改札口前10:00集合〜古代郡役所道(武蔵国府から金沢八景・六浦湊への古代官道)〜黒川分教場跡古道〜汁守神社〜自由昼食(地元野菜物産マーケット・セレサモスや、ファミレス、コンビニで)〜毘沙門大堂と金剛寺跡〜武田兵糧庫跡〜真光寺・飯守神社〜観泉寺〜ウチデ・カシヤ〜尾根の鎌倉街道早ノ道と伝・上杉館跡〜大展望の古街道〜義経四天王・亀井六郎伝説の亀井坂〜栗木御嶽神社〜小田急多摩線「栗平駅」。約6キロ。 武蔵国府大国魂神社の暗闇祭りの際に神前に備える飯・汁・菜の三種の食べ物を調整した人々に関わる三社の伝説と謎に迫り、義経の四天王の一人、亀井六郎に安堵された土地が武蔵国府の国領であった可能性、飛鳥から来た古代測量師の里のロマンを探っていきます。
99 2009/4/22 宮田太郎 厚木で発見?!の高松山・前方後円墳大調査A厚木の古墳を知ろう!“天神山古墳と登山(どうやま)古墳”編 小田急線「本厚木駅」中央改札出て左の広場に9:30集合〜厚木市立郷土資料館見学〜国道246付近のファミレスほかで自由昼食〜戸室の浄雲寺〜天神山古墳〜林神社〜福伝寺〜王子稲荷と王子神社〜登山古墳〜小鮎川千頭橋〜千光寺〜路線バスで本厚木駅。約6キロ。 厚木市内にはかつて350もの古墳があったといわれています。関東は関西に劣らぬ最古級の古墳群があり、相模国(神奈川県)には三角縁神獣鏡が出土した平塚の真土大塚古墳、川崎の加瀬白山古墳がありました。また厚木や伊勢原にも前期古墳時代4世紀の大型古墳やそれに続く中期・後期古墳群があることも知られています。高松山の古墳の実像を探るためにも周辺の古墳を探っていきましょう。今回は大型円墳と相撲取り(関取)埴輪の出土で知られる古墳を巡ります。
100 2009/4/12 宮田太郎 厚木で発見?!高松山・前方後円墳大調査@、神奈川県厚木市愛名(あいな)の高松山古墳と甲州武田家臣・跡部氏館 小田急線「本厚木駅」中央改札出て左の広場に9:30集合〜路線バス〜厚木市毛利台〜吾妻神社〜中愛名・妙昌寺(甲斐武田氏の家臣・跡部氏の館跡)〜諏訪神社〜愛名緑地(各自持参、弁当昼食)〜高松山(推定古墳全体を観察)〜高松山ハイキングコース〜小野小町神社(頼朝の内妻・丹後局伝説〜小野神社〜路線バスで本厚木駅。約5キロ。*小野小町神社は女性の髪の毛を元気な黒髪にしてくれる不思議な伝説のあるパワースポット。ぜひお参りしましょう。 1998年にハイキングコースで郷土史家によって埴輪片が拾われたことで発見され、国の指定史跡になった神奈川県逗子の桜山古墳(県内最大級の2基の前方後円墳)のように、南関東の前方後円墳は“まだ山の上に残れり”なのではないか。単独踏査を開始した2000年2月、相模大山の麓、神奈川県厚木市愛名(あいな)の高松山山頂で古墳への参道?の硬化層を確認。そして山頂に近づくにしたがい、まるで山の上に載せられた軍艦のようにそそり立つ人工地形が見えたときは胸は高鳴り、山頂で遂に歓喜の声をあげてしまいました。その思い出の日から早や9年。忘れえぬ感動をそのままに、確認?したのかもしれない360度大展望の山頂に位置する「前方後円墳“仮称:愛名・高松山古墳”」の測量調査(5月5・6日)や周辺調査(4月〜)を開始します。また後の飛鳥・奈良時代には都市設計(謎の高麗若光・北辰ライン)の基準となる測量台にもなったのではというロマンを検証していきます。地元と協同で地域の大切な文化財を「保全、活用」するために何が出来るかを皆さんと考えるいい機会です。皆さんの積極的なご参加をお待ちしています。
101 2009/3/24 宮田太郎 下北沢の鎌倉街道と玉川上水大曲を歩く 京王線「笹塚駅」改札口に10:00集合〜鎌倉街道と玉川上水〜玉川上水大曲と五條橋〜区界線の古代道〜小田急線東北沢駅(駅前で自由昼食)〜三角橋〜北沢の古道〜京王井の頭線池ノ上駅前〜北沢八幡神社〜森厳寺〜北沢川の鎌倉橋〜下北沢の鎌倉街道〜小田急線下北沢駅。解散は16:00頃。約5キロ。 東京都渋谷区の代々木上原と世田谷区下北沢の間には玉川上水が大きく曲がる工夫と苦労の痕跡があります。また目黒区駒場に沿う大きな鎌倉街道跡は謎の古代道を思わせます。下北沢駅の東を通る伝説の鎌倉街道はいまも生活道路として生きています。東京の知られざる古街道が集まる地域を探索していきます。
102 2009/2/14 宮田太郎 大山街道“鶴間山王の里”と引地川水源を歩く 小田急江ノ島線「鶴間駅」改札口前に10:00集合〜旧大山街道〜山王原と山王神社〜深見城〜八雲神社〜大和市役所近くのイトーヨーカドー、ジャスコ付近で自由昼食〜下鶴間ぶどう園〜上草柳の古大山道〜泉の森公園・亀甲山・大池〜引地川〜善徳寺〜熊野神社〜小田急江ノ島線・大和駅。解散は16:00頃。行程約6キロ。 大山街道が町田の南で境川を渡る鶴間宿界隈には深見城跡や引地川の水源の森がよく残されています。国道246と旧大山街道の違いや境川に沿う鎌倉街道と八雲の里、そして草柳の大地から湧く引地川水源の森を散策します。
103 2009/1/25 宮田太郎 新春ウォーク東京あるき初め、赤坂・六本木・虎ノ門界隈歴史散歩 東京メトロ/丸の内線・銀座線「赤坂見附駅」ベルビー赤坂口地上を出たベルビー赤坂前に10:00集合〜弁慶堀と弁慶橋〜九郎九坂〜豊川稲荷〜赤坂不動尊〜昼食(自由)〜山王日枝神社〜勝安房守邸跡〜赤坂氷川神社〜澄泉寺〜陽泉寺〜霊南坂教会〜虎の門愛宕神社(仮解散)〜NHK放送博物館(自由見学)〜銀座線虎ノ門駅、都営三田線御成門駅。解散は15:30頃。行程約4キロ。 赤坂の日枝山王神社から六本木の氷川神社、虎ノ門・神谷町の愛宕神社まで、初参りを兼ねてのゆったり歴史散歩です。普段知っているようで気がつかない路地の先のあんなものこんなところ。伝説の丘や池、そして舗装はされつつも今も残る江戸時代の古道や古代・中世の古街道。東京を知れば関東全体が、はたまた日本の歴史が見えてくる。
104 2008/12/7 宮田太郎 港北ニュータウンの横浜・茅ヶ崎城と杉山神社の謎 横浜市営地下鉄「センター北駅」(横浜市都筑区)改札口に10:00集合〜中川(大棚)杉山神社〜大塚遺跡環濠集落〜早渕川〜茅ヶ崎城〜観音堂〜センター南駅(駅周辺で自由昼食)〜茅ヶ崎杉山神社と貝塚〜正覚寺茅ヶ崎公園〜向原〜東方の縄文遺跡地帯 解散は16:00頃。行程約5キロ。 多摩ニュータウンに続く近代的な町、港北ニュータウンには今も大遺跡群が残されています。ちょっと町並みを出たところに広がる広大な田園風景に出会う感動、縄文土器や黒曜石が散乱し弥生の環濠集落が復元された公園は深い歴史を感じさせてくれます。四国の阿波から船で房総半島にやってきた忌部(いんべ)氏たち海人たちがやがて飛鳥時代に多摩丘陵に入り杉山神社を奉祭、江戸時代には70以上もの社数を数えたというロマンを、中原街道や大山街道の里に探っていきます。
105 2008/11/13 宮田太郎 万葉さきもり関連、防人の道を追って座間・勝坂丘陵を歩く JR横浜線「古淵駅」改札口10:00集合〜大沼神社と推定・東海道〜大野台の行者道〜麻溝台一等三角点と二つ塚跡〜相模原公園(弁当昼食)〜峰山の古道跡〜座間勝坂青少年広場〜磯辺の宿〜勝源寺と石楯尾神社〜勝坂入口バス停〜小田急線相武台前駅、JR相模線下溝駅・原当麻駅へ。解散は16:00頃。行程約5キロ。 防人が都へ、九州へと向かった道は相模野や相模川をどこで越えたのでしょうか。座間キャンプの近くには古い街道の街並みが残り、また縄文時代に栄えた勝坂式文化の中心的な指標遺跡が残る勝坂遺跡の地や、水源の有鹿祠があります。かつて防人たちも眺めたであろう美しい丹沢山の山並みを望む地に古街道を探っていきます。
106 2008/10/13 宮田太郎 古代東海道・多摩丘陵ウォーク 野津田上の原〜多摩よこやまの道〜さきもり見返りの峠 さきもりが歩いた道を「防人まつり(11/23開催)」のコース以外に実際にたどる事前ウォーク
107 2008/10/11 宮田太郎 大船・田谷の仏教洞窟探検と長尾砦を探る 集合地〜西口前からの路線バスで洞窟ラドン前下車〜田谷の洞窟〜御霊神社〜常勝寺〜昼食(そば侘助、またはコンビニ付近で自由)〜小雀町と田谷町の境界古道〜玉縄と長尾の境界古道〜長尾砦〜玉縄城跡〜植木のバス停〜大船駅(解散/16:00頃)約6キロ 世界遺産になってもおかしくないような仏教洞窟が神奈川県大船にあります。冬暖かく夏は涼しく今でも修行の場として勤行が続けられています。上杉謙信の本来の名前である「長尾」に関わる一族がいた大船の長尾の里の砦跡や古道、小田原北条氏の拠点・玉縄城などを現地に探っていきます。
108 2008/9/23 宮田太郎 大宮氷川神社と直線参道の謎 集合地〜一ノ宮通り〜氷川神社参道〜天満神社〜市立博物館〜神官家〜氷川神社弁財天池〜昼食(そば大村庵、ファミレス有り。弁当自由)〜氷川神社境内散策(客来神神社ほか)〜大宮公園〜埼玉県立博物館〜大宮第二公園と見沼・芝川旧河路〜見沼代用水〜寿能城〜東武野田線「大宮公園駅」。(解散/15:45頃)約4キロ。 武蔵一ノ宮は多摩市小野神社でなくここ氷川神社であったという説があります。長い参道は、一般説の筑波山ではなく日光男体山に向き男体・女体信仰と関係あるという団長の新説を紹介し現地を探っていきます。
109 2008/8/3 宮田太郎 海人と馬牧の丘・本牧和田山と三溪園を探る★お馬流し神事を見学 JR根岸線「石川町駅・元町中華街出口改札前」〜路線バスで本牧宮原バス停〜本牧神社(10:00からお馬出し神事ほか)〜昼食(ファミレスほかで自由・弁当を取る公園あり)〜和田山〜三溪園〜石川町駅(解散/16:00頃)約3キロ 横浜の本牧や山手は昔から独立した島のような山でした。いまこのアイランドの歴史素材を活かしたまちおこしを団長が進めています。本牧は中世からその名があり、頼朝も関わる本牧十二天社(本牧神社の前身)の伝説や鎌倉時代から三浦系の平子氏がいたようです。東京湾を見渡す和田山は和田一族との関わりがあるのでしょうか。8月2日と3日に行われる不思議なお馬流しの神事を見学し、景色の良い和田山に上り、重要文化財溢れる三溪園の散策と昔の海岸探しをします。
110 2008/7/5 宮田太郎 絶景!“鎌倉街道早ノ道”栗木・真光寺尾根をゆく 栗平駅改札口13:30集合〜御嶽神社〜常念寺〜風の谷幼稚園〜県境尾根ビューポイント〜桐光学園脇・上杉館跡〜森の中の早ノ道〜お犬様塚〜黒川分教場跡〜黒川駅(16:00頃解散予定)。 鎌倉へいち早く駆けつけることができた早ノ道は、鎌倉幕府の高速道路でもありました。幻の鎌倉街道といわれる早ノ道がいまどのように変化したか、東京都と神奈川県の県境の現地を歩きます。丹沢や源氏伝説の鶴川尾根を眺めるスリル溢れる高台から、絶景のビューポイントが豊富な神奈川県麻生区栗木と町田市真光寺の尾根を歩くさわやかなミニウォークです。
111 2008/6/19 宮田太郎 厚木・八菅山の修験の里とヤマトタケル伝説を探る 中津局前〜山十邸〜中津川と八菅神社(昼食・弁当持参)〜八菅山と経塚〜山伏の里〜龍福寺〜中津バス停(解散17:00頃)〜淵野辺駅または本厚木駅 関東三大修験道の本拠地、厚木愛川町の八菅山(はすげさん)はヤマトタケル伝説に彩られ蛇形山とも呼ばれた修験山伏たちの聖地。今でも静かな里には数十件の山伏や御師、先達の家が点在し、厳かな八菅神社の森から山頂の経塚まで実際に上り眺望を楽しみます。20分程であがれる山道は、初夏の香りに包まれていることでしょう。
112 2008/5/17 宮田太郎ガイドウォーキング 鎌倉街道と東山道・武蔵路(国分寺編) JR中央線・武蔵野線/「西国分寺駅」南口広場に9:30集合〜西国分寺駅〜鎌倉街道跡〜黒鐘公園〜国分寺(尼寺と僧寺)〜お鷹の道〜真姿の池〜都立国分寺公園(昼食)〜東山道・武蔵路〜一葉の松〜熊野神社〜鎌倉街道跡〜姿見の池〜JR国分寺駅(解散15:30頃) 武蔵国分寺があった場所は今でも礎石が残り、ハケの湧水から霧が立ち込める日はなんとも幽玄な様相に変わります。今も残る鎌倉街道や古代道路の痕跡を現地に探ります、恋路太夫ゆかりの傾城の松や真姿の池は昔の物語を思い起こさせてくれるでしょう。
113 2008/5/3 宮田太郎 小山田馬場窪と鎌倉武士団・小山田氏の道 小山田緑地公園駐車場集合〜津保沢〜馬場窪の土塁・溜井〜小山田緑地公園〜大泉寺〜大久保台の的場跡〜唐木田駅12:30着。 東京都町田市小山田の都立小山田緑地公園は中世小山田氏の牧場があったところ。鎌倉幕府の流鏑馬(やぶさめ)の師匠であった兄弟が草競馬をしたと伝わり、室町時代には太田道灌も陣馬を集めたと推定されます。20年前に発見した馬込状の土塁跡や奥州古道を探ります。将来はここで日本馬を放牧する夢を語りましょう。
114 2008/5/3 宮田太郎ガイド養成講座 小山田馬場窪と鎌倉武士団・小山田氏の道 小田急線「唐木田駅」改札口前13:30集合〜福祉センター〜多摩よこやまの道ガスタンク脇小山田氏の案内板〜奥州古道踏み跡断面〜大泉寺〜小山田緑地公園〜日大三高バス停(解散17:00頃予定)〜多摩センター駅、町田バスセンター、淵野辺方面へ 東京都町田市小山田の都立小山田緑地公園は中世小山田氏の牧場があったところ。鎌倉幕府の流鏑馬(やぶさめ)の師匠であった兄弟が草競馬をしたと伝わり、室町時代には太田道灌も陣馬を集めたと推定されます。20年前に発見した馬込状の土塁跡や奥州古道を探ります。将来はここで日本馬を放牧する夢を語りましょう。
115 2008/4/6 宮田太郎 青梅・御岳神社と飛鳥から来た古代卜占(ぼくせん)神の謎 JR青梅線「御嶽駅」改札口前9:50集合〜ケーブル瀧本駅ゆき路線バス〜ケーブルで御岳山駅〜御岳荘の大中臣由来石碑〜山城の跡と遺跡〜大ケヤキと蔵王権現灯籠〜昼食(飲食店で自由)〜大麻止乃豆乃天神・石塔〜山頂祭場の大麻止社と大口真神社殿〜ケーブルで下山し御嶽駅(解散16:00頃) 東京府中の大国魂神社も青梅御岳神社も麻生区栗平の御岳神社も、実は飛鳥の天香具山から来た卜占氏と古代都市設計技術者集団の遺蹟だった?!…御岳神社や大国魂神社の名は明治時代になってからのもの。稲城市大丸に現存する大麻止乃豆乃天神社と同名・同祭神である飛鳥と青梅と府中と稲城と川崎市麻生区の深いつながりの謎に迫ります。
116 2008/3/20 宮田太郎 浅草寺の古代風景・駒形堂と鎌田正清の石塔の謎 都営浅草線「浅草駅」地上出た駒形堂公園10:00集合〜浅草寺参道〜雷門〜仲見世〜伝法院地蔵尊〜弁天山〜昼食(自由)〜浅草寺〜二尊仏〜浅草神社〜被官稲荷〜影向堂〜淡島大明神〜六区ブロードウェイ〜浅草駅(解散15:45頃) 古代の浅草の風景はどんなものだったか。浅草寺の始めは朝鮮半島の高句麗ゆかりの駒形神を安置した庵で今の駒形橋西詰信号のところにあった?!…古い絵から見えた風景を検証し、また飛鳥に住む土師氏や檜前氏が登場する浅草神社創建伝説の意味、境内に現存する鎌田正清の石塔と渋谷氏の影を探ります。
117 2008/3/1 宮田太郎 杉並大宮神社と善福寺川の和田(わだ)・海田(あまた)の里 京王井の頭線「浜田山」駅改札口前10:00集合〜浜田山の鎌倉街道〜神田川の鎌倉橋〜塚山公園〜下高井戸八幡神社〜西永福駅(自由昼食・ファミリーレストラン有り)〜大宮八幡神社〜弥生時代遺跡〜直線参道と善福寺川・鞍掛けの松〜和田堀公園〜松ノ木の館跡と鎌倉道〜区立博物館(解散15:45頃)〜路線バスで京王線、中央線、丸の内線などの最寄り駅へ 東京の杉並にあって長大なる参道を持つ大宮神社は果たして海人族系の神社なのだろうか。古代朝鮮語に由来するとも言われる和田地名や海田(あまた)郷名に隠された東京湾河川中流域の秘史に迫ります。
118 2008/2/3 宮田太郎 多摩丘陵の古城T、百草城と三沢城(日野市)を探る、ウォーキングの部 京王線百草園駅改札口13:30集合〜日野市三沢〜百草園一帯(16:00頃解散予定、行程約2キロ)。 多摩丘陵は武蔵野と相模野の間に横たわり、その間の連絡上どうしてもこの高台に狼煙(のろし)や烽火(とぶひ)を置く必要があります。多摩丘陵には、まだたくさんの未発見の城や砦があると考えられ、百草城や小野路関屋城を発見した体験をもとに古城の特徴や存在理由、道との関係を探っていきます。
119 2008/1/13 宮田太郎 忘れられた鎌倉街道「稲城〜麻生ルート(是政道)」を探る JR南武線「南多摩駅」改札口前10:00集合〜円照寺〜大麻止乃豆乃天神社〜古稲毛道〜ガスト、ココスほかで自由昼食(弁当可)〜大道・打越の谷〜石無坂の古道跡〜日本山妙法寺〜よみうりランドバス停〜京王よみうりランド駅又は小田急よみうりランド駅(16:00解散予定、行程約5キロ) 多摩丘陵の様々な山林や住宅街に挟まれて残る僅かな緑地帯の中から、新百合ヶ丘の駅へ、さらに柿生駅近くの鶴見川流域に向けて「鎌倉街道の跡」が残っています。かつて小田急線新百合ヶ丘駅付近において「鎌倉街道伝承」を確認し、「何故こんなところに…」という疑問から始まった追跡調査で発見した「稲城から麻生を結ぶルート(是政道)」を辿り、その痕跡を現地に探ります。開発で消える寸前の広大な緑地が必見です。
120 2007/12/8 宮田太郎 相模湖小原宿と千木良(ちぎら)の里に古代甲州道を探る(鎌倉古道さとびとの会と共催) JR中央本線相模湖駅改札口前09:45集合〜慈眼寺と与瀬神社〜古墳群〜古代甲州道〜小原宿本陣〜弁当昼食(コンビニ有り・小原宿資料館付近で昼食)〜桂川と底沢川の合流点(弁天島)〜千木良(ちぎら)の牛鞍神社〜古代甲州道〜柳馬場の大通寺〜月読神社〜赤馬古道〜桂橋〜桂橋バス停〜三ヶ木バスターミナル〜JR/京王線橋本駅(17:30頃解散予定、行程約5キロ) 多摩市の聖蹟桜ケ丘近くで多摩川に注ぐ大栗川沿いには、縄文時代に八ヶ岳から黒曜石や文化を運んできた古街道「縄文黒曜石ロード」があり、諏訪湖や甲州国府と武蔵国を結ぶ重要な飛鳥〜平安時代の古街道「古代甲州道」があったという自説を、相模湖付近に探り検証していきます。
121 2007/11/3 宮田太郎 陣馬街道(案下道)沿いの史跡を訪ねる JR中央本線高尾駅北口改札口前09:30集合〜1番バス停、高33系統 09:50発で陣馬高原下(終点)〜案下道〜(龍泉寺)〜口留番所跡〜夕やけ小やけふれあいの里(自由昼食)〜宮尾神社〜浄福寺/浄福寺城〜八王子車人形稽古場〜武州下原刀鍛冶発祥の地〜恩方車庫付近で解散。恩方車庫から高尾駅北口へ3本/時間程度のバス便有り(16:00解散予定、行程約6q) 武蔵国と甲斐国を最短距離で結ぶ陣馬街道(案下道)は戦国時代から古甲州道とともに両国間の主要な道でした。江戸時代には恩方街道ないしは佐野川往還などと呼ばれる武蔵・甲斐間の間道でした。今回は、相模国津久井領に抜ける案下峠(和田峠)への麓にあたる街道沿いに、往時をしのぶ寺社や城跡および武州下原刀鍛冶発祥の地を訪ねます。
122 2007/10/8 宮田太郎 さきもりの道はどこか〜幻の古代国道を探せ!〔奥州古道・多摩愛宕丘陵編〕 聖蹟桜ヶ丘駅10:00集合〜一ノ宮の渡し場跡〜小野神社〜宝蔵橋〜へっぴり坂〜東寺方〜昼食(多摩市立体育館レストランほか大型スーパー有)〜庚申塚古墳〜古代甲州道と奥州古道の辻〜愛宕神社と古道跡〜愛宕山頂(解散)〜多摩センター駅(16:00解散予定、行程約5キロ) 往きは公費で九州に行った防人も還りは自費のこともあり帰りつかぬ者も多かったようです。再会を夢見ていた我家や故郷を見た時の感激は大きかったことでしょう。その帰路が奥州古道であり、多摩市の愛宕地区の山から武蔵野を眺めたであろう場所を実際に現地に探ります。
123 2007/9/16 宮田太郎 藤沢の梶原御霊神社お神楽と片瀬新林公園探索 JR東海道線「大船駅」モノレール改札前10:00集合〜モノレール湘南深沢〜梶原御霊神社でお神楽見学と周辺飲食店で自由昼食(弁当も可)〜路線バスで藤沢市川名の御霊神社〜手広大谷緑地〜新林公園付近で16:00頃解散予定。行程 約4キロ。 3月31日に開催した鎌倉の梶原谷散策のコースにあった御霊神社には珍しい神主が面をかぶり踊る神楽があります。今回はこの神楽を見学し、西の藤沢市域に続く古道を辿り、別の御霊神社や緑豊かな手広緑地と新林公園周辺に歴史を探索していきます。
124 2007/7/18 宮田太郎 東京の古街道を歩く〜豪徳寺の世田谷城址と代官屋敷の世田谷博物館 東急世田谷線上町駅改札前10:00集合〜天祖神社〜代官屋敷跡〜世田谷区博物館〜鎌倉街道〜昼食(自由、コンビニ有り)〜世田谷城址〜豪徳寺〜世田谷八幡〜東急世田谷線宮の坂駅付近。行程 約6キロ。16:00頃解散予定。 世田谷にも中世・武士の時代のお城がありました。赤穂浪士の討ち入りで有名な吉良上野介の先祖である吉良一族は、鎌倉幕府の北条氏の娘を妻とし、戦国時代の小田原北条氏(後北条氏)の娘を二代にわたり妻にするなど、大きな力を持った豪族でした。世田谷の豪徳寺周辺の古道やゆかりの地を巡ります。
125 2007/6/19 宮田太郎 相原氏館跡伝説と御殿峠古道を探る JR横浜線「相原駅」改札前10:00集合〜諏訪神社〜長福寺と開都の朱雀路〜ファミレス等で自由昼食(ガスト・コンビニ有り弁当可)〜相原氏館跡〜当麻田〜境川沿いの古道〜相原駅〜御殿峠〜相原駅または八王子みなみ野駅。行程 約6キロ。解散予定16:00頃。 平安〜鎌倉時代に、多摩地方で活躍した武蔵七党の一つ“横山党”は琵琶湖西岸から来た小野一族が土着してできた武士団です。その一派の相原氏(藍原氏、粟飯原氏)は御殿峠やJR相原駅周辺に館を持ち、境川と共に暮らしていました。鎌倉幕府の御家人として活躍した時代の昔なつかしい中世の風景に出会い、峠の里道を実際に歩いてみましょう。
126 2007/5/18 宮田太郎 八幡太郎ゆかりの箭幹八幡神社と淵野辺氏の館跡を探る JR淵野辺駅改札口前09:30〜青山学院大前〜皇武神社〜淵野辺氏館跡〜第六天と久保沢道〜境川の山根橋〜日本食ファミレス相模ほかで自由昼食(コンビニ有り)〜木曽遺跡〜箭幹八幡神社〜奥州廃道〜桜美林大本部前の古道〜町田リサイクルセンター〜鳥居峠〜小山田内ノ御前社〜小山田緑地古代牧あと馬場窪〜謎の土塁〜日大三高バス停〜多摩センター駅。行程 約6キロ。解散予定16:00頃。 府中の大国魂神社や多摩市の聖蹟桜ヶ丘から続く奥州古道のうち、最も古いといわれる奥州廃道は小山田から矢部の八幡宮に通じていました。源氏伝説が多く残る境川沿岸に、淵野辺氏伝説を探り、小山田氏の妻を祀った小山田の内ノ御前社までを探索します。
127 2007/4/30 宮田太郎 小野路の鎌倉古道の実相!源頼朝時代の痕跡を追跡する 多摩センター駅小田急改札口前9:30〜仮称・小野路関屋城周辺探索〜昼食は持参弁当で野津田公園を予定。解散は多摩センター駅16:00頃。雨天中止。 町田市の小野路は鎌倉時代のままの風景を残す貴重な歴史の里です。しかし、近年のガイドブックは正確ではない情報をそのまま調査せずに重ねて紹介しているために、真実の鎌倉古道が忘れられています。古街道団は後世に正しく歴史古道遺蹟を残し伝えていくために小野路の最奥部に入ります。発見された城跡と共に一般には知られていない地域を探索します。
128 2007/4/22 宮田太郎 横浜の鎌倉街道・吉良氏の城と三殿台縄文遺跡 横浜市営地下鉄「蒔田駅」改札前10:00集合〜吉良氏の蒔田城推定地〜勝国寺〜三殿台考古館(見学と各自弁当昼食)〜天神通り古道〜岡村天満宮〜龍珠院〜笹堀バス停(弘明寺駅行き・横浜駅行きバス)15:50解散予定。行程約6キロ。 横浜市南区や磯子区にある鎌倉道を辿り、戦国時代の吉良氏の城跡や縄文時代から古墳時代までの複合遺跡がみつかった三殿台、岡村の天満宮や後北条氏ゆかりの寺院周辺の古道を探っていきます。
129 2007/3/31 宮田太郎 鎌倉梶原谷の鎌倉街道武蔵大路を探る 湘南モノレール大船駅改札口前10:00集合〜湘南モノレールで湘南深沢駅下車〜等覚寺〜大慶寺〜東光寺〜御霊神社〜デニーズで自由昼食〜梶原口の砦跡〜化粧坂〜葛原岡神社(梶原社)〜大堀切〜浄智寺〜北鎌倉駅(約6キロ)15:50解散予定 鍛冶工人の棟梁であった可能性もある梶原氏ゆかりの梶原谷は正宗刀を鍛えた相州鍛冶の拠点だったのでしょうか。梶原景時の母の故郷は元八王子であり、双方が鎌倉街道でつながっていたことや、武蔵大路といわれた鎌倉街道の幹線道路が化粧坂につながる様子を検証していきます。
130 2007/3/17 宮田太郎 横浜山手の丘の歴史散歩 横浜みなとみらい線「元町・中華街駅」改札前10:00集合、元町〜クリーニング発祥の地〜外人墓地と資料展示室〜山手聖公会〜山手資料館〜昼食(レストラン昼食ほか、弁当組は元町公園で自由)〜イギリス館〜港の見える丘公園〜フランス山ほか〜元町〜元町中華街駅(約4キロ)15:30解散予定 横浜開港時代にはフランス軍とイギリス軍が張り合うように駐屯した山手の丘は、外国の大使館や居住区が広がっていました。江戸末期に初めてピアノの調べが風に乗って流れ、外国の聞きなれない歌が聴こえてきたことでしょう。知られざる山手の歴史を探っていきます。
131 2007/2/24 宮田太郎 海老名の国分寺と幻の国府&渋谷重国伝説を探る 小田急線「海老名駅」改札口前10:00集合〜相模国分寺跡〜郷土資料館〜ジョナサンで自由昼食〜伊勢山神宮と自然公園〜ひさご塚〜渋谷重国館跡(長泉寺)〜歴史公園〜鳳勝寺と八坂神社〜海老名駅(約5キロ)15:50解散予定 海老名には国分寺はあっても国府跡がまだ発見されていません。

高台の前方後円墳や尾根の古道、渋谷一族ゆかりの館跡伝説地などを探ります。
132 2007/2/15 宮田太郎 町田・七国山と薬師池の鎌倉古道を探る 小田急線町田駅・町田バスセンター脇の西友1F入口前に

10:00集合〜路線バスで本町田市立博物館前〜博物館と本町田遺跡〜ひなた村と鎌倉街道上ノ道〜今井谷戸〜味の民芸(昼食)またはコンビニ有り〜えびね苑の鎌倉道〜薬師池公園と薬師堂〜七国山の鎌倉古道〜野津田車庫〜路線バスで町田や鶴川、乗り継ぎで多摩センター、永山、聖蹟桜ヶ丘へ(約5キロ)15:30解散予定
鎌倉街道上ノ道や古代東海道・店屋路が通っていたと考えられる七国山は今も昔の風景を留める貴重な地域。美しい緑地公園で知られる薬師池の薬師堂の歴史とえびね苑を通る鎌倉道、今井谷戸を通る鎌倉道の真実を追跡します。
133 2007/1/28 宮田太郎 鶴見川沿いの上麻生亀井城と早野の里の鎌倉古道を歩く 小田急線柿生駅南口改札前10:00集合〜柿生の鎌倉道〜亀井城〜月読神社〜ファミレスで自由昼食〜鶴見川恩廻橋〜県境の小金松伝説地〜緑ゴルフコース〜寺家ふるさと村散策〜路線バスで小田急線柿生駅(約5キロ)15:30解散予定 川崎市麻生区の亀井城は源義経と共に北国落ちした鈴木・亀井兄弟の所領地だったという伝説が鶴見川流域に数多く残されています。南に続く早野の里は鎌倉街道早ノ道の名の由来になったという説があり、新田義貞鎌倉攻めに追従した遊女・小金松の伝説地などを探っていきます。
134 2007/1/18 宮田太郎 新百合ヶ丘の弘法松鎌倉古道と古代役所跡の謎を歩く 小田急線新百合ヶ丘駅北口側ケンタッキーフライドチキン(KFC)前

10:00集合〜こやのさ坂〜茶屋跡〜弘法松〜ファミレスほかで自由昼食〜山口谷戸の白山神社跡〜百四里〜上ノ台遺跡(古代倉庫群跡)〜日光台〜茶臼山〜柿生トンネル跡〜浄慶寺裏古道〜秋葉神社〜浄慶寺〜小田急線「柿生駅」(約5キロ)15:30解散予定
新百合ヶ丘には府中や稲城の百村から続く大規模な鎌倉古道跡がありました。高台の銘木・弘法松跡からの大展望を経て幻の白山神社跡へ。古代の倉庫群が発見された小田急線沿いの丘、家康の御鷹狩場だった?日光台や茶臼山、柿生駅裏手の鎌倉古道と新田義貞伝説地などを探ります。
135 2006/12/5 宮田太郎 厚木・船子の地頭山古墳と小金塚古道を歩く 小田急線本厚木駅北口改札口前10:00集合〜路線バスで船子〜地頭山古墳〜古代東海道と大山街道〜小金塚古墳〜八幡神社〜本盛寺〜昼食(国道246沿いファミレスで自由)〜愛甲三郎の館跡〜潟Aマダ前古道〜高森6丁目のすみだ公園〜塚堀公園〜長龍寺〜小金塚古墳〜路線バスで小田急線愛甲石田駅(約5キロ)15:50解散予定  古墳時代にヤマトタケルが歩いた厚木の古道は、奥まで入り込んでいた相模湾の淵を通るように見晴らしの良い丘に残されています。

 船着場であったのか船子の地名は地頭山や小金塚の古墳群と古代東海道の深い関係を教えてくれます。多摩から続く防人の道の古代ロマンです。
136 2006/10/28 宮田太郎文化財ウィーク 奈良・平安時代の奥州古道と巡礼の伝説編 多摩センター駅〜路線バスで恵泉女学園前〜一本杉公園(大山街道跡、鎌倉裏街道跡、古民家)〜奥州古道中尾ルート〜南野の石仏群〜福祉センター(昼食。各自弁当持参)〜小山田古戦場〜奥州廃道・長坂道入口〜鎌倉道平山城址ルート〜大妻女子大学裏の奥州古道〜武相観音巡礼道・代官坂入口〜六部塚と大山眺望地〜山王塚跡〜別所長池とネーチャーセンターにて解散。その後は最寄りのバス停から路線バス利用、または徒歩で南大沢駅または堀の内駅へ 多摩よこやまの道全線9.5キロのうち、西側の半分を歩きます。東西に弓なりに伸びるよこやまの道は、各所で南北に伸びる歴史上重要な古街道と交差していました。

第2回目は一本杉公園内に残る江戸時代の大山街道跡や鎌倉裏街道跡、奈良・平安時代に奈良や京都にあった都から東北地方に向かった古街道であり東国と西国の巡礼者たちが往来した奥州古道、鎌倉時代に合戦が行われた伝説や塚が残るゴルフ場付近、江戸時代に武相観音霊場札所巡りが行われた古道や心温まる民話の残る塚や池などを訪ねます。
137 2006/9/23 宮田太郎 小山田の奥州古道と大泉寺の歴史ロマンを歩く 小田急多摩線・終点「唐木田駅」改札口前に10:00集合〜大妻大学裏のよこやまの道〜鎌倉街道平山ルート〜小山田氏の案内板〜語り部の丘〜奥州古道と踏み跡痕跡〜小山田緑地(各自弁当昼食)〜梅木窪〜大泉寺〜鶴牧団地バス停または唐木田駅解散16:00頃(行程約5キロ) 防人が九州での任期を終えて帰郷する際に使った奥州古道は、平安時代には源頼義や八幡太郎義家、坂上田村麻呂が往来した国家的国道でした。町田市の小山田のゴルフ場内に残るその踏み跡断面(地下の遺構が露出)や鎌倉街道・平山城址〜小山田ルートの推定ルートを緑豊かな田園の中にたどります。また山間に隠れるように存在する大泉寺は、忘れかけた懐かしき風景を誰にでも思い起こさせてくれることでしょう。
138 2006/8/5 交流会 小野路を学び・語り・遊ぶ/大人の夏休みIN ピアノカフエ 路線バスで南野高校前〜一本杉公園と大山街道跡〜鎌倉裏街道跡〜「ピアノカフェCHOPINショパン」(交流会&ミニピアノ&トークコンサート*回文作家小宮春吉&宮田太郎)〜鎌倉裏街道ミニ探検〜小野路バス停16:00または16:50発多摩センター駅行き〜多摩センター駅 多摩丘陵は小野路の緑豊かな丘にある「ピアノカフェ・ショパン」はグランドピアノや木工家具・アートが展示されたおしゃれで快適な交流空間。

 ここは知る人ぞ知る歴史古道ウォーキングの中継基地なのです。小野路に遊び小野路に浸る“大人の夏休み”を満喫しましょう!建物の裏手がもう鎌倉裏街道(新選組・土方歳三出稽古の道)の古道跡です。
139 2006/7/23 宮田太郎 深大寺の鎌倉道と高句麗仏教伝説ロマンを探る 京王線「調布駅」北口パルコ1F入口前集合〜路線バス深大寺行きで御塔坂下〜鎌倉道〜元三大師堂〜福満と長者の娘逢瀬の亀池〜深大寺境内(白鳳仏釈迦如来ほか)〜昼食(蕎麦屋で自由)〜青渭神社〜深大寺城〜虎柏(狛)神社〜禅寺丸柿古木〜佐須バス停〜調布駅 調布市北部の深大寺は武蔵野台地から湧く名水の里。

深大寺そばの由来や深大寺周辺の伝説・古刹の歴史を探っていくと古代の渡来系開拓民たちの活き活きとした暮らしの息吹きが実感できます。これまでに誰も書かなかった不思議な寺院と神社の配列や関東の飛鳥奈良仏教聖地の謎を現地にたどり、美味しいそばで夏の体力をつけましょう。
140 2006/7/11 宮田太郎 古街道の里“小野路”徹底研究!その深い歴史を知ろう!〔その1〕 多摩センター駅小田急改札口前集合〜路線バスで鶴牧5丁目〜南野ゴルフ近くの石仏群〜よこやまの道と奥州古道〜小野路浅間神社〜奈良ばい〜小野路城〜小野小町井戸〜都立小山田緑地公園(各自弁当昼食)〜馬場窪と謎の土塁〜奈良ばい〜小野路辻〜バスで多摩センター駅 解散予定。行程約5キロ 町田市の小野路(おのじ)は緑豊かな山林や畑が広がる美しい里。数多くの主要な古街道が集まり早くから開けた宿場町。平安時代に琵琶湖西岸を本拠地とする小野氏が国司として赴任し土着した古代の牧場地帯「小野牧」関係地。新選組ゆかりの地としても有名。春には桃源郷のような景観が広がる。かつて源頼朝や義経、足利尊氏、日蓮や親鸞、西行、芭蕉が往来し、また徳川家康の遺骨を運んだ千人行列が日光に向けて通過、江戸期には絹の道や大山街道の里として賑わったこの里の深い歴史の数々と謎を探ります。「まず小野路を知ることが多摩古道を知る事の手始めなり」〜です。
141 2006/6/28 宮田太郎 幻の『古代甲州道』を探る〜その4、多摩から奈良の都へ、もう一つの古代国道 JR橋本駅改札口前集合〜三ケ木行き路線バスで橋本・森の上〜めいめい塚〜川尻八幡神社直線参道と大規模な古道痕跡〜青少年グラウンド(各自弁当昼食)〜古道のゴールデンクロス(城山町と相模原市の境界L字地点)〜津久井城へ続く古代甲州道〜大島諏訪神社(石楯尾神社論社)〜相模川清流の里〜路線バスで橋本駅。解散予定は橋本駅16:00頃 アップダウン少ない(行程約5キロ) 武蔵府中〜多摩ニュータウン大栗川流域〜相模原〜津久井湖〜相模湖〜八ヶ岳山麓〜諏訪湖〜都へ続く幻の古道「古代甲州道」の存在を検証していく探索シリーズ。今回はいよいよ相模原台地から相模川を渡ります。相模野の最後の平原を走る古道(市境線)が津久井湖に向かって一直線に設計されていることに誰もが感動することでしょう。相模野は昔から水が出ない「野っ原」といわれながら橋本の森の上や二本松一帯の地表には奈良平安時代頃の土器がたくさん落ちています。それはかつて、この付近が森林地帯で保水力が高かった事を物語るのでしょうか(鎌倉&江戸の街の用材伐採で木がなくなった?!)黒曜石を八ヶ岳からもたらせた縄文文化交流道でもある幻の甲州道を相模野奥地から相模川渡河点に探り初夏の涼風を感じましょう。
142 2006/6/4 宮田太郎 古街道の集まる野津田の丘・古街道の切通し「華厳院坂の鎌倉古道と古代東海道跡を守ろう!」 「永山駅」小田急改札口前集合〜路線バス〜野津田公園陸上競技場脇駐車場〜上ノ原広場(推定・古代東海道と鎌倉街道上ノ道本路跡)〜昼食(各自弁当持参)〜周辺散策(発掘現場跡、推定中世軍事駐屯地、古代牧跡ほか)と現地ガイダンス〜解散後、神奈中バス野津田車庫から町田・鶴川駅へ。または五反田バス停から永山・聖蹟桜ヶ丘・多摩センター駅へ 鎌倉街道上道(鎌倉古道)は上野国府と武蔵国府〜鎌倉を結ぶ大幹線道路。その痕跡は戦後もまだ各地に残されていましたが近年の開発で僅かとなりました。その中で奇跡的とも言える良好な古道残存地域が町田市の小野路と野津田地区。特に、野津田公園内の上の原・華厳院坂は貴重な「鎌倉古道の切通し」が残り、いまや鎌倉とここだけに残すのみといっても過言ではありません。歴史の丘としての環境がそのまま残されているのです。

ところが今そこにある鎌倉街道跡と推定・古代東海道(防人の道)跡が重複する「華厳院坂」が市と一部住民が計画する不要としか思えない道路拡幅工事で失われる危機に直面しています。そこで、緊急にそこにはどんな古道跡があり、どのように貴重な文化遺産なのかを学ぶウォーキングを開催します。
143 2006/5/14 ガイド養成講座 『春の野津田・歴史古道の集まる丘&小野路ウォーキングガイド講座』   6月以降に野津田・小野路地区でのガイドができるように養成講座を開催

【講師】宮田太郎団長
144 2006/4/23 宮田太郎 さきもり(防人)の道はどこか〜幻の古代国道を探せ!シリーズ〜〔足柄峠・新ルート編〕 小田急新松田駅〜路線バスで足柄関所跡〜内山地区踏査〜路線バスで地蔵堂(昼食休憩)〜地蔵堂裏尾根踏査〜夕陽の瀧裏尾根踏査〜路線バスで小田急線「新松田駅」(解散16:30頃)

登りの多いコースなのでやや体力を必要としますので登山中級、ハイキング上級者以上が募集対象
防人が通った「足柄古道」は、本当に現在知られている地蔵堂から上っていく登山道でいいのだろうか。あまりにも細すぎるのではないか。むしろ矢倉沢岳に寄るようなルートあるいは地蔵堂から金太郎の里に向かってから登るルート、または夕陽の瀧の上を登る道ではないか・・・など新しい視点でその実地踏査を実施します。(ハイキング上級者向き)
145 2006/4/11 宮田太郎 幻の『古代甲州道』を探る〜その3〜多摩と諏訪湖・八ヶ岳を結んだ道〜〔南大沢〜多摩境・橋本編} 南大沢駅〜内裏峠と古道〜旧戦車道路〜昼食(多摩境駅近くの広い公園で弁当。ファミレスも有)〜札次神社〜田端遺跡〜旧町田街道〜境川〜天縛皇神社〜まつば坂の鎌倉道〜蓮乗院〜原家〜橋本駅(JR、京王)にて解散。(15:50頃) 関東の古代道のゴールデンクロス(黄金の十字路)である“橋本”めざして、いよいよ多摩丘陵を峠一つ(南大沢の内裏峠)で越えることのできる遺跡の多いコースを進みます。かつて戦車の試験走行をした旧戦車道路は今は遊歩道となっており、この高台から見る丹沢や富士山の勇壮な姿は大きな感動です。旧町田街道から境川を渡ると相模原台地に古道は続きます。
146 2006/3/21 宮田太郎 幻の『古代甲州道』を探る〜その2〜多摩と諏訪湖・八ヶ岳を結んだ道〜〔京王堀の内〜南大沢編〕 京王堀の内駅〜南八幡神社〜松木七郎の墓と浅間神社〜昼食(ファミレス・コンビニ有)〜古代役所跡と大石信濃守屋敷跡〜富士見公園〜首都大学構内〜南大沢八幡神社〜南大沢駅にて解散(15:50頃) 古代甲州道は諏訪湖の先は木曽路などで奈良・京都といった都へ続いていた大街道です。武蔵野から相模野へ、たったひとつの峠越えだけで多摩丘陵を横断できたのが南大沢の峠でした。大栗川の源流に向かって続く古道跡を追跡します。また古代役所跡が発見された松木の丘に残された貴重な中世の歴史景観や、近世の鮎街道を楽しみます。
147 2006/3/7 宮田太郎 さきもり(防人)の道はどこか〜幻の古代国道を探せ!シリーズ〜〔座間水郷〜相模川〜海老名編〕 相武台下駅〜長松寺〜白山姫神社〜古代の駅家伝説の座間・宗仲寺〜座間神社〜座間の長宿水郷〜昼食自由〜鈴鹿明神〜龍源院〜護王姫大明神〜星谷寺〜鎌倉道〜梨の木坂横穴古墳群〜小田急線「座間駅」解散 昨年12月13日実施の防人の道・座間編の続き。戦国時代の武田信玄は小田原攻めで今の座間キャンプ北側付近から短絡路で相模川を渡りましたが(猿ケ島ルート)、防人達が歩いていた古代東海道は、かなり南下して、海老名の国分寺方面に達してから厚木に渡ったようです。そのルートを現地踏査します。
148 2006/2/25 宮田太郎 幻の『古代甲州道』を探る〜その1〜多摩と諏訪湖・八ヶ岳を結んだ道〜〔大栗川と稲荷塚古墳〜大塚古墳編〕 聖蹟桜ヶ丘駅〜関戸有山集落〜おばけ坂〜東寺方〜昼食(多摩市体育館周辺)〜稲荷塚古墳〜高蔵院〜大栗川〜大塚八幡〜清鏡寺 多摩ニュータウン遺跡は、縄文〜奈良平安中世を通して各遺跡が大栗川に沿う地域に集中分布。上流の柚木・松木や南大沢に濃厚なポイントがあり古代役所的な遺跡と大量の遺物が既に発見され、今まで知られることのなかった大街道『古代甲州道』が存在した可能性が考えられます。最近、八ヶ岳山麓でその巨大な古道の痕跡と遺跡群と推測される地点を確認。八ヶ岳には多摩で発見された古代役所跡と類似した役所跡遺跡もあり、双方はかつてこの道で密接につながっていたこと、また東西に並ぶ稲荷塚古墳と大塚古墳が東西に並ぶ不思議を、現地を歩きながら検証します。
149 2006/2/15 宮田太郎 さきもり(防人)の道はどこか〜幻の古代国道を探せ!シリーズ〔奥州古道・多摩愛宕丘陵編〕 聖蹟桜ヶ丘駅〜一ノ宮の渡し場跡〜小野神社〜宝蔵橋〜へっぴり坂〜東寺方〜昼食(多摩市立体育館付近にレストラン、売店有)〜庚申塚古墳〜古代甲州道と奥州古道の辻〜愛宕神社と古道跡〜愛宕山頂(解散)〜多摩センター駅 昨年の9月25日に雨天のため中止となった分の振替。往きは公費で九州に行った防人も還りは自費のこともあり帰りつかぬ者も多かったようです。再会を夢見ていた我家や故郷を見た時の感激は大きかったことでしょう。その帰路が奥州古道であり、多摩市の愛宕地区の山から武蔵野を眺めたであろう場所を実際に現地に探ります。
150 2006/1/17 宮田太郎 「横浜文明開化の物語〜その遺蹟を探る」 JR関内駅〜関所跡と日本初の鉄橋〜馬車道〜ガス灯と街路樹発祥の地〜牛馬飲水桶〜アイスクリーム発祥の地〜写真発祥の地〜日本正金銀行跡(博物館)〜昼食(日本郵船資料館レストランほか自由)〜ジャックとクイーンとキング〜開港資料館と日米和親条約締結の浜〜象の鼻(旧桟橋)〜イギリス波止場〜フランス波止場〜(山下公園)〜中華街〜乳搾り発祥の地〜散髪屋発祥の地〜港崎遊郭岩亀楼の灯篭(横浜スタジアム)〜JR関内駅 横浜関内のひと昔前は内海の中。ナマコと海苔の育つ寒漁村だった。山手の丘から今のみなとみらい方向に延びていた横に長い浜、そこが今の県庁やシルクセンターの海岸通りである。ちょんまげに羽織袴の侍と軍服に身を包んだ異文化の民族同士がもの珍しげな眼で向き合ったその不思議な光景、神官の服装でアメリカに船出した岩倉具視の出港場所に今も残る「象の鼻」という古い桟橋、横浜スタジアムの外の木陰に今も残る三階建ての豪華絢爛な遊郭の名残りの灯篭、何もかもが新しかった当時の感動を現地で再発見しましょう。
151 2005/12/13 宮田太郎 「座間の防人の道とサイコノハラを歩く」 古淵駅〜大沼の直線道〜大沼神社〜大沼中学校前の道者みち跡〜ウマヤクボ(麻溝台の北里大学付近)〜一等三角測量点と二つ塚推定地〜昼食(相模原公園で弁当昼食)〜座間キャンプ勝坂青少年広場と古道窪地〜みねん坂〜磯部宿〜勝源寺と石楯尾神社〜ねこ坂〜新磯野バス停〜路線バスで小田急座間駅 奈良時代に防人が歩いた古代東海道は、相模川を座間や厚木あるいは河口に近い寒川神社付近で西へ渡り足柄峠へと向かったようです。座間は古い文献には「夷参(いざま)」と呼ばれ、駅家(うまや)という公的な休憩所があって防人たちの休憩や宿泊所となっていたとも想像されます。ミシマサイコという薬草が数多く生えていたことから「サイコノ原」ともいわれた相模野の古道と伝説をたどります。
152 2005/10/23 宮田太郎 さきもり(防人)の道はどこか〜古代東海道と七国山(本町田&山崎編) @多摩センター駅〜路線バスで五反田〜野津田上の原。A鶴川駅〜路線バスで野津田バス車庫〜野津田上の原【合流後】鶴見川〜七国山〜ダリヤ園で弁当昼食〜山崎団地境尾根〜織部谷戸の痕跡〜図師梁田寺〜図師バス停(淵野辺、町田、鶴川方面へ) 防人の道は小野路から野津田へ向かい、上の原で二つ(座間と原町田各方面)に分かれていたと推定されます。文献資料から奈良時代と平安時代では異なっていたのです。その双方の違いを現地にたどり、その痕跡を探します。
153 2005/10/13 宮田太郎 さきもり(防人)の道はどこか〜幻の古代東海道を発?!(小野路別所、なぞの砦跡編) 多摩センター駅〜路線バスで京王多摩バス車庫〜大軍勢の通った長い谷〜別所東光寺と謎の砦跡〜別所薬師堂〜湯船、五反田〜野津田公園上ノ原(各自弁当昼食)〜綾部原〜下堤のS字古道〜三社大権現聖地〜軍事戦略鎌倉道〜京王多摩バス車庫〜路線バスで多摩センター駅または永山・聖蹟桜ヶ丘駅。 遠く北九州への兵士として赴任していった防人たちがいよいよ多摩丘陵の諏訪・永山の尾根で家族と別れた後、覚悟と不安に涙しつつも越えた山々が今も町田市と多摩市の境の小野路別所にあります。頼朝の弟、源範頼ゆかりの寺や“古道が集まる奇跡の丘・野津田公園”内の推定古代東海道跡やS字古道、古戦場跡などを歩きます。
154 2005/9/25 宮田太郎 さきもり(防人)の道はどこか〜幻の古代国道を探せ!(多摩市愛宕山の奥州古道) 中止  
155 2005/7/30 宮田太郎 『朝の高尾山びわ滝散策路・涼風ハイク』 高尾山口駅〜ケーブル清滝駅〜6号自然散策路〜岩屋大師〜びわ滝〜高尾山口駅(解散12時) 涼しい午前中だけのハイキング。山腹のお滝場と川沿いの大自然満喫コースなのでとても楽な行程です。ご家族ご友人とお気軽にご参加下さい。
156 2005/7/10 宮田太郎 『絹の道と大塚山の謎』(京王片倉〜鑓水〜多摩境) JR片倉駅〜絹の道痕跡〜慈眼寺〜片倉台〜大塚山〜絹の道〜資料館見学と弁当昼食〜小泉屋敷〜鑓水公園〜小山が丘4丁目浜見場跡〜多摩境駅。 幕末から明治の世を沸かせたのは純白の繭玉だった−−生糸を命がけで八王子へ、町田や横浜へと運んだその道は今どうなっているのだろう−−知られざる豪華な彫刻の刻まれた森の中のお社や古道を探り高台へ。
157 2005/6/26 宮田太郎 『鮎街道と柚木の古代役所跡の謎』(多摩境八王子市柚木) 堀之内駅〜南八幡〜松木氏墓石塔〜No.107遺跡(古代役所跡)〜都立大の尾根〜南大沢駅前で自由昼食〜鮎街道〜小山境の尾根〜多摩境駅  
158 2005/6/11 宮田太郎 ウォーキング 『徳川家康の御成道と大山街道』(多摩市貝取〜町田市図師) 永山駅〜貝取の板碑群〜鎌倉古道〜大山街道(家康の御尊櫃御成道)〜一本杉公園(古民家旧加藤家)昼食〜鎌倉古道・御成道〜小野路宿〜小野神社〜小野路一里塚(解散)  
159 2005/5/8 ガイド養成講座 『春の歴史古道ウォーキング大会IN野津田・小野路』 コース1=古代ヤマト朝廷建設の“古代東海道”と鎌倉街道発掘物語コース

コース2=徳川家康ゆかりの小野路一里塚と古代馬の牧場コース
東京郊外は町田市の緑豊かな多摩丘陵“野津田(のつだ)公園の丘”で、国内でも極めて珍しい“歴史古道跡が集中”し、また、“鎌倉〜室町幕府の軍事大駐屯基地や古戦場、馬牧群”の跡が残る「奇跡の丘」がついに発見された!!。
160 2005/5/7 ガイド養成講座 『春の歴史古道ウォーキング大会IN野津田・小野路』 コース1=古代ヤマト朝廷建設の“古代東海道”と鎌倉街道発掘物語コース

コース2=徳川家康ゆかりの小野路一里塚と古代馬の牧場コース
東京郊外は町田市の緑豊かな多摩丘陵“野津田(のつだ)公園の丘”で、国内でも極めて珍しい“歴史古道跡が集中”し、また、“鎌倉〜室町幕府の軍事大駐屯基地や古戦場、馬牧群”の跡が残る「奇跡の丘」がついに発見された!!。
161 2005/5/6 ガイド養成講座 ガイド養成講座  野津田・小野路現地学習会    
162 2005/4/30 ガイド養成講座 ガイド養成講座  野津田・小野路現地学習会    
163 2005/4/26 ガイド養成講座 ガイド養成講座  野津田・小野路現地学習会    
164 2005/4/21 宮田太郎 『奥州古街道と小山田の里PART2』〜義経伝説と小山田一族〜(桜美林〜小山田桜台) 淵野辺から路線バスで矢部八幡前〜境川と奥州廃道〜矢箭八幡宮(やがらはちまんぐう)〜桜美林大学本部前古道〜鳥居峠〜八幡平(リサイクル文化センター)近くの公園で昼食〜ハス田〜内の御前社(小山田氏の妻を祀る)〜小山田緑地〜馬場窪と謎の土塁〜大沢白山神社(解散、バスで多摩センターへ)

解散後一部の方は予定にあった、中尾の奥州古道〜小野路浅間神社〜多摩市南野までを完歩
八幡太郎源頼義や源義平ら源氏の伝承で名高い町田市の矢箭八幡宮前の古道が奥州廃道であり目の前で境川を渡っている。今回は逆に境川から北に向かって前回通った小山田の大泉寺までをたどる。太田道灌ら管領上杉の拠点といわれた大泉寺前の小山田緑地で発見している謎の牧場跡と土塁を見学、白山神社から別の奥州古道中尾ルートを北に多摩ニュータウンの南野付近までたどる。
165 2005/4/10 宮田太郎 『奥州古街道と小山田の里PART1』(唐木田〜小山田大泉寺) 唐木田駅〜大妻女子大脇古道〜多摩よこやまの道〜鎌倉道〜子豚池跡と奥州廃道踏み跡断面露出地点(東京国際カントリークラブ内公道)〜奥州廃道跡〜小山田緑地北側飛地(弁当昼食)〜小山田大泉寺と流鏑馬参道〜小山田薄井家長屋門〜奥州古道常盤道登り口から森家屋敷前〜山中の代官坂(八王子代官の原町田横浜道)〜巡礼古道〜巡礼地蔵〜嘉永の地神塔〜唐木田駅。 かつて京の都と関東を結んでいた足柄・箱根路が奥州古道であり、その中で最も古いといわれるのが奥州廃道である。平安末期には朝廷管轄の牧の監督として知られた小山田氏の拠点となった大泉寺に抜ける古道と、源義経、母・常盤がたどった道、西国と東国の巡礼者たちが歩いた巡礼古道などを現地に探ってゆく。
166 2005/3/10 宮田太郎 町田・木曽宿の変遷と境川を渡る古道を探る JR古淵駅〜鹿島神社・大日堂〜かわじま坂〜龍像寺坂・当麻山道古道跡〜龍像寺〜境川渡河点〜木曽宿伝重寺付近で昼食(ファミリーレストラン他)〜観音堂〜木曽一里塚〜福昌寺〜木曽上宿〜鎌田坂〜図師・芝溝街道バス停 東京都町田市の木曽は続日本紀にも記された古代の東海道の道すじにあたり、家康の遺骨を運んだ頃には少なくとも宿場が形成され一里塚もありました。最近確認した戦国時代の石川家古文書から南北に形成されていた宿の姿を検証し、境川の古代からの渡河点や江戸時代の家康の柩(ひつぎ)搬送の道などを探っていきます。
167 2005/2/11 宮田太郎 奥州古道と稲荷塚古墳の謎を探る 多摩センター駅〜多摩中央公園〜東福寺・白山神社〜吉祥院〜豊ヶ丘北公園〜多摩センター通り(昼食)〜愛宕の切通し〜愛宕山〜愛宕神社〜和田〜稲荷塚古墳〜東寺方(解散) 奥州古道は遠く奈良や京都の都から東北地方に向かった古代からの幹線道路。その途中の「和田の塚っ原(多摩市)」といわれたほどの大古墳群に今も現存する稲荷塚古墳は畿内地方の天皇陵並みの八角形古墳とわかり話題を呼びました。その近くを通る奥州古道や古代甲州道、鎌倉裏街道の原型はすでに古墳時代末期に出来上がっていたと考えられます。謎の多摩川沿岸の大集落跡「落川遺跡」と古代のランドマーク「愛宕山」ふもとの伸びやかな台地の歴史ロマンを探ります。
168 2005/1/29 宮田太郎 奥州古道の多摩川渡し場と小野神社周辺探検! 京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」〜一ノ宮の渡し場と神奈川県水量標識〜畠山重忠の鳥居馬場道〜小野神社〜落川遺跡跡〜昼食(聖蹟桜ヶ丘駅周辺)〜一の宮交差点〜奥州古道〜六地蔵〜百草旧道〜百草八幡宮 かつて多摩川を府中側から南に渡る六つの渡し場(四谷、万願寺、一ノ宮、関戸、是政、押立)のうち足柄や箱根峠と直結していた奥州古道の渡しは多摩市の一ノ宮や関戸にありました。小野神社は平安時代より続いている古社であり、今の聖蹟桜ヶ丘駅付近は飛鳥・奈良時代以来長期にわたり東日本を代表する重要な歴史古道が集中した場所です。ここから南に扇状に広がっていた多摩古道の歴史を探検します。
169 2005/1/8 宮田太郎 鎌倉街道を探検しよう!PART3「国分寺恋ヶ窪編」 西国分寺駅〜姿見の池〜東福寺・傾城の松〜鎌倉街道〜熊野神社〜昼食〜東山道武蔵路跡〜国分寺(僧寺と尼寺)〜黒鐘公園の鎌倉街道跡〜解散(西国分寺駅前) 武蔵国分寺があった場所は今でも礎石が残り、ハケの湧水から霧が立ち込める日はなんとも幽玄な様相に変わります。尼寺と僧寺の間を抜ける鎌倉街道や古代道路の痕跡を現地に探ります。夙妻(あさづま)大夫ゆかりの傾城の松や姿見の池周辺は昔の物語を思い起こさせてくれるでしょう。
170 2004/12/17 宮田太郎 鎌倉街道を探検しよう!PART2「七国山から本町田へ」 鶴川駅〜バスで野津田車庫〜七国山の古道と鎌倉井戸〜ダリア園(昼食)〜山崎境の鎌倉街道〜一色殿の城舌状台地(伊賀守屋敷跡)〜井出の沢古戦場〜菅原神社(解散) 前回に引き続き、鎌倉街道の上ノ道本路の痕跡を追跡します。七国が見渡せたという高台は三つの山を一つとしてみると360度展望の要害の地となります。大規模で最も美しい鎌倉街道跡が残るこの山から古道は町田方面にどのように続いているのかを実地に検証してゆきます。高台を通る鎌倉街道の楽しさと心地よさを体感してください。
171 2004/11/23 宮田太郎 鎌倉街道を探検しよう!PART1「小野路から野津田の丘へ」 多摩センター〜バスで小野路〜小野神社〜矢倉沢古往還、家康の御成道、大山道、鎌倉街道、小野路一里塚〜野津田公園(昼食)〜野津田公園内の鎌倉道と遺跡・史跡(武士の屋敷推定地、馬込(まごめ)推定地、水場の深い谷、くぐつ沢、鎌倉橋、鎌倉街道の発掘現場跡)〜鎌倉古道跡〜砦跡〜上ノ原広場(解散)〜バスで多摩センター他 鎌倉街道は本当に面白い古道です。いったい誰がいつ何のために造り、当時はどんな工夫が道に施されていたのか実は何もわかっていないのです。その割には痕跡が確認されやすく、一部を発掘してみてわかったことは古代の国道など大きな道を踏襲(その上をなぞらえるように建造)していたケースも多く見られることでした。これから始まる『鎌倉街道シリーズ』では、多摩丘陵を通るルートとその構造を徹底検証し、かつて鎌倉時代には義経や坂東武士たちが駆け抜けた謎の街道の様々なロマンを現地に楽しく探っていきます。
172 2004/11/10 交流会 古街道団初顔合わせと交流    
173 2004/9/26 宮田太郎プレウォーク 唐木田の奥州古道と多摩よこやまの道 小田急線唐木田駅改札口前09:30集合〜大妻女子大前の奥州古道の痕跡〜切通し跡〜語り部の丘〜古道の踏み跡〜南野の石仏群〜奥州古道〜昼食(一本杉公園の古民家前広場)〜鎌倉古道入り口〜大軍勢が通った長い谷〜京王バス車庫バス停前で解散 第2回は涼しくなってきた9月26日(日)に唐木田駅9時半集合から東へ一本杉までたどるコースで開催。当日は曇りだがさわやかな秋の始まりを感じさせる。参加者88名で朝からみんな元気だ。駅前でレクチャーがあった後、団長の案内で大妻女子大前に向かい奈良・平安時代に都人が歩いた奥州古道の痕跡や石塔の話、昭和9年にできた切通し跡、日野の平山城址から続く鎌倉道、東京国際カントリー倶楽部への古道はなんとも昔ながらのなつかしい場所だ。「語り部の丘」からは巡礼伝説の里「小山田山中地区」と鎌倉幕府御家人・小山田氏の里全体を眺め、みんな時空の壁を越えたような不思議な眺めにしばし我を忘れた。古道の踏み跡の断面が見える地点では当時の道跡は地下にあることを知って参加者からはたくさんの驚きの声。福祉センター付近で休憩時に、小山田小太郎隠れ穴伝説、発掘で出てきた刀傷のある頭骸骨の話と古戦場伝説を聞く。鎌倉幕府の北面の砦はこんなところに広がっていたのだった。南野の石仏群、奥州古道を、一本杉公園の古民家前広場で昼食。団員受付もここで行なわれた。午後は鎌倉古道入り口や「大軍勢が通った長い谷」へ向かい、京王バス車庫バス停前に到着、また会いましょうと声を掛け合って別れた。
174 2004/5/30 宮田太郎プレウォーク 古代東海道と鎌倉街道早ノ道を探る 京王線/小田急線永山駅小田急改札口側交番前09:30集合〜諏訪北公園近くの歩道橋〜馬引沢〜薬師堂〜古代東海道推定ルート〜聖ヶ丘二丁目の高台〜昼食(馬引沢南公園)〜弓の橋〜防人見返りの峠〜並列する謎の大規模古道跡〜仮解散〜一本杉公園 今年一番の猛暑となったにもかかわらず、71名の参加者があり朝の永山駅前の交番前広場は賑やか。この日は防人が九州に赴いたときの大国道「古代東海道」と、頼朝腰掛松の伝承を残す鎌倉幕府の高速道路「鎌倉街道早ノ道」をたどる。駅から諏訪団地の尾根へあがる頃には気温も上昇。諏訪北公園あたりから府中方面と武蔵野を遠望。歩道橋の下あたりが防人が通ったと考えられると話す団長・宮田氏の解説にみんなもびっくり。平安時代の朝廷の牧場・小野牧で牧童たちが夕暮れ時に小川で馬の毛並みを整えてやっているのどかな風景が見える「馬引沢」では線路脇の黄金の薬師様伝説のある薬師堂を確認。古代東海道と鎌倉街道早ノ道が重なって発掘で確認された連光寺「打越山遺跡」からの推定ルートをたどりながら、聖ヶ丘二丁目の高台にあがり南側に連なる多摩よこやまの道の尾根を眺め、かつては狼煙(のろし)や飛ぶ火(烽火)台、物見台が並んでいた風景に思いを馳せた。昼食は高台の馬引沢南公園でのお弁当。午後はあまりの暑さに「よこやまの道」の見晴らし展望台「防人見返りの峠」の先の「並列する謎の大規模古道跡」前で仮解散。しかしほとんどの方が追加コースの一本杉公園まで歩き切るという充実の一日であった。